こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

造血幹細胞とSR1

造血幹細胞培養に必要な因子としてのSR1は今までの記事にも時々出てきていました。

 

・その後の研究で様々な分子がスクリーニングされた結果、Prostaglandin E2 (PGE2), Stemregenin 1 (SR1) (an Aryl hydrocarbon receptor antagonist), UM171などがin vitroでのHSC培養に役立つ可能性があるとしてピックアップされた。

teicoplanin.hatenablog.com

 

High-throughput Screening of Compounds for Expansion

増殖のための化合物スクリーニング

・HSCのEx vivo増殖の主なブレイクスルーはCookeラボによってもたらされた。TPO, SCF, Flt3L, IL-6など100,000小分子をスクリーニング。

→これによってSR-1が発見され、ヒト臍帯血CD34+細胞が50倍に増殖し、免疫不全マウスへの移植で17倍ものHSCが長期生着することが分かった。

・SR-1を用いた近年の臨床試験では、好中球・血小板が著明に早く回復し、ヒトにおいて臍帯血CD34+細胞を15日間ex vivoでSR-1処理したものでは、同じ細胞数からスタートした未処理ドナーと比較して高い生着率を示した。

・Sauvageauラボは、UM117がヒトHSCの自己複製とex vivo増殖をAhR(ありる炭化水素受容体)依存性に補助することを示した。

・UM171とSR1はex vivo増殖において重要な役割を果たしている可能性がある(しかしこれらはマウスでは機能していない)。→メカニズム不明。

teicoplanin.hatenablog.com

 

今回はそのSR1に注目してみます。

 

造血幹細胞(HSC)は、生体では骨髄中のニッチに存在しており、体外に出ると(ニッチ環境内から出てしまうと)、未分化性を維持したまま培養増殖することが困難であった。白血病の治療のために、ドナーから提供された少量のHSCを体外で増殖させる技術を確立させる必要があった。

 

ここで化合物スクリーニングにより最初に同定されたのがStemRegenin-1(SR-1)であった。
現在、SCF、Flt3、TPOなど様々な因子がHSC体外増殖に必要であるとわかっているが、その中でも最初のブレイクスルーはSR1の発見であった。

  • SR1を用いてHSCを培養することでCD34陽性細胞が50倍に、免疫不全マウスへの生着能を有する細胞が17倍に増加した。
  • アリル炭化水素受容体(AHR)に拮抗することによってこの作用を示すことを同定した。

Boitano AE, et al. Aryl hydrocarbon receptor antagonists promote the expansion of human hematopoietic stem cells. Science. 2010 Sep 10;329(5997):1345-8.

 

臨床試験においてもその有効性は示されている。

  • ミネソタ大学で行われた第Ⅰ/Ⅱ相試験。double UCB transplant platformを利用し、白血病または進行したMDSの患者17人にSR-1を用いて培養した細胞を移植。
  • SR-1はCD34 +細胞の330倍の増加をもたらし、好中球では中央値15日、血小板では中央値49日で生着。17人全員の患者で生着が確認された。
  • 操作されていないUCBで治療された患者よりも有意に早期の生着を確認できた。

※double UCB transplant platform

ミネソタ大学で開発された方法。通常さい帯血移植は、HLAが一致したさい帯血を見つけるのが困難なため一部不一致のものを使用する。しかし成人など移植対象者の体重が大きいとさい帯血中の造血幹細胞数が不十分であり十分に生着しないため、2人分のさい帯血を利用することがる。今回はこのうち片方をSR-1を用いて培養したHSCを使うという実験を行っている。

Wagner JE Jr, et al. Phase I/II Trial of StemRegenin-1 Expanded Umbilical Cord Blood Hematopoietic Stem Cells Supports Testing as a Stand-Alone Graft. Cell Stem Cell. 2016 Jan 7;18(1):144-55.

 

アリル炭化水素受容体(AHR)に関する文献などもあり。

  • AHRはHSCや前駆細胞(HSPC)で高度に発言している。
  • AHRを阻害するとサイトカイン刺激後の人さい帯血由来HSPCが著しく増大する。
  • AHRは初期のヒト血液リンパ細胞の発達を調整する作用がある。
  • SR-1によってAHRを阻害するとiPS細胞からのリンパ球発達が促進される。

Angelos MG, et al. Aryl hydrocarbon receptor inhibition promotes hematolymphoid development from human pluripotent stem cells. Blood. 2017 Jun 29;129(26):3428-3439.