こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

【文献紹介】造血幹細胞ニッチと造血幹細胞の体外増殖に関するレビュー~その2~

前回の文献紹介の続きです。

 

前回セクション1.から6.までを以下のページで説明しました。

 

前回記事はこちら↓

【文献紹介】造血幹細胞ニッチと造血幹細胞の体外増殖に関するレビュー~その1~ - こりんの基礎医学研究日記

 

 

7.HSCの体外増殖(現状と今後)

・HSCは、体内においては、感染症後や放射線照射後等のストレス環境下で大きく増殖可能だが、体外での増殖は未だ困難。

・化学物質の多量スクリーニングにより、ヒトHSC体外増殖はいくらか成功を収めているものもある。HSCニッチを再現するため、細胞外マトリックスや3D培養を用いた方法も考案されている。ここから近年(2017年時点における)治験や試みを紹介↓

 

High-throughput Screening of Compounds for Expansion

増殖のための化合物スクリーニング

・HSCのEx vivo増殖の主なブレイクスルーはCookeラボによってもたらされた。TPO, SCF, Flt3L, IL-6など100,000小分子をスクリーニング。

→これによってSR-1が発見され、ヒト臍帯血CD34+細胞が50倍に増殖し、免疫不全マウスへの移植で17倍ものHSCが長期生着することが分かった。

・SR-1を用いた近年の臨床試験では、好中球・血小板が著明に早く回復し、ヒトにおいて臍帯血CD34+細胞を15日間ex vivoでSR-1処理したものでは、同じ細胞数からスタートした未処理ドナーと比較して高い生着率を示した。

・Sauvageauラボは、UM117がヒトHSCの自己複製とex vivo増殖をAhR(ありる炭化水素受容体)依存性に補助することを示した。

・UM171とSR1はex vivo増殖において重要な役割を果たしている可能性がある(しかしこれらはマウスでは機能していない)。→メカニズム不明。

 

Reliance on Cytokines and Growth Factors

サイトカインと成長因子への依存

・サイトカインはHSC ex vivo増殖のために最初に調査されたものである。マウスin vivoにおいては様々なサイトカインが影響することが報告されている。

・単一の、またはいくつかのサイトカインの組み合わせがex vivo増殖に効果的だと報告されているはが、せいぜい2-4倍程度の長期増殖に留まっている。

・いくつかのサイトカイン(SCF, Flt3L, G-CSF, IL-3, IL-6)とともに human cord blood (CB) CD34+CD38− 細胞を増殖させるとNOD/SCID miceにおいてSCID-repopulating cells (SRC) frequencyが2-4倍増殖すると報告されたが、その機能は失われてしまうとの報告もあり。

・サイトカインはHSCやHSPCの維持に役立ちそうだが、追加要素が必要!

・Wntシグナル活性化はHSC増殖に役立つよう。HSCをPGE2で処理するとCFU増加→Wntシグナルの役割をサポートしているよう。

 

Regulation of ROS, Antioxidants and Hypoxia

活性酸素と抗酸化物質と低酸素の制御

GM-CSF, IL-3, SCF, TPO→静止期細胞でROS増殖→p38 MAPKのHSC特異的リン酸化が誘導される。一方、p38 MAPKをex vivoで阻害するとROS誘発性のHSC増殖が抑えられる。→p38 MAPK阻害かROS阻害がHSC増殖に関与しているのでは?

・HSC維持における低酸素の役割とHIF-1α安定化の役割は研究されている。低酸素条件はHSCの維持・増殖に役立つとされている。

 

Retrovirus-Mediated Introduction of Stem Cell Regulators and Reprogramming

レトロウイルスを介した幹細胞制御因子と再構築

・レトロウイルスウイルスを介してHSC維持や増殖に関連した遺伝子を発現させることによって、HSCのex vivo増殖を実現させる様々なアプローチが試みられている。

・例えばHox4B遺伝子の過剰発現によってマウスHSCはIn vitroで約40倍に増殖する。

(TPOはHox4B発現を増強することによってHSC増殖を助けるとされている。)

・ the ubiquitin-ligase, F-box, WD-40 domain protein 7 (Fbxw7)などは低酸素化で細胞周期を回す作用がある。→Fbxw7をマウスKSLで過剰発現させると…再構築能2倍に。

・成体マウス血管内皮細胞は4つの転写因子(Fosb, Gfi1, Runx1, and Spi1; FGRS)によって造血幹細胞となる。

・ヒト多能性幹細胞は7つの転写因子と化学物質によって血管内皮細胞になる。

・このようなアプローチはリプログラミング因子による発がんの危険性からまだ限定的である。

 

Targeting Metabolic Pathways

代謝経路標的

・HSCの代謝もやはりex vivo増殖を目指し研究が進んでいる。

・マウスHSCにおいて解糖系が主に機能しているとき、ex vivo培養中HCSは細胞周期の回転はコロニー成長は抑えられている。(HSC割合や再構築能は4週間後も保たれてる)。

・Alexidine dihydrochloride (AD)はmitochondrial phosphatase Ptpmt1を阻害→好気性代謝から解糖系(嫌気的代謝)へ。KSLをADで処理すると移植効率アップ。低酸素とADの作用には相乗効果あり?

・MitophagyはHSCを分化から自己複製に向かわせるのに重要。実際マウスHSCは、自己複製に傾いているときPPAR-FAO経路を介した高いmitophagy機能を示す。

・HSCのex vivo増殖の際にはこの代謝スイッチを解糖の方向(嫌気性)の方向に持っていくことで、自己複製・増殖に持っていくことができる可能性がある。

 

Targeting ER Stress Pathways

ER(小胞体)ストレス経路

※補足:小胞体ストレス(ERストレス)とは

正常な工事構造にフォールディングされなかったタンパク質が小胞体に蓄積し、細胞へ悪影響(ストレス)が生じること。このストレスは細胞の生理機能を妨げるので、ストレスを回避し恒常性を維持するための様々な機能が備わっている。小胞体ストレスの強さが回避機能を超えると神経変性疾患など様々な疾患の原因となるとされている。

(Wikipediaより)

 

・最近の研究ではERストレスに対する適切な反応がHSCの維持や自己複製に役立っているのではないかとされている。

・胆汁酸の一形態多雨コロールさんはタンパク質凝集を阻害し、JSC増殖を助ける化学シャペロンとして機能→このようなシャペロンが成体HSC ex vivo増殖をサポートするかも。

RNA結合タンパク質であるDppa5はHSCが豊富→Dppa5を異所性に発現させたマウスHSCは、再構築能が上昇し、ERストレスとアポトーシスが14日間減少。

→ERストレスを最小限に抑えることがHSC ex vivo増殖に寄与する可能性がある。

 

Extra-cellular Matrix and Niche Engineering

細胞外マトリックスとニッチエンジニアリング

・骨髄中のニッチは、可溶性因子の他に特異的な細胞外マトリックスと構造的3D構造を提供する。

・細胞外マトリックス構造を模倣した高分子生体材料がHSC ex vivo増殖のために検討されている。

・フィブロネクチンコートされたポリエチレンテレフタレートは臍帯血由来CD34+HSC増殖を助ける。

・これまでの研究からマトリックスの弾力性、次元(2Dか3Dか)、形(地形)などがHSC増殖に役立つことが示唆されている。

・3D培養システムは2Dと比較してHSC自己複製能が増強する可能性がある。

・間質細胞存在下での新たな細胞外マトリックスとニッチエンジニアリングアプローチはHSCの自己複製とex vivo増殖をサポートする可能性がある。

 

おわりに

過去10年の研究でex vivoでのHSC増殖の実行可能性が示唆されている。中でも低分子量化合物ライブラリースクリーニングは近年の大きな進歩であった。また、適切な酸素・代謝条件下でサイトカイン・ケモカイン・間質細胞を付加したニッチ3D構造は今後有望な選択肢の1つになる可能性がある。しかし未だニッチがHSCを制御する仕組みは十分に解明されておらず、さらなる研究必要である。