こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

造血幹細胞とUM171

調べたことのメモです。

 

造血幹細胞とUM171

造血幹細胞HSCは通常骨髄内のニッチにあり、ニッチを離れると幹細胞性(未分化性・自己複製能)を維持するのが難しくなることから、長らく体外での増殖は困難であった。

近年ではそれも可能となりつつあるが、体外培養に必要な化合物の1つとしてUM171が挙げられる。

 

teicoplanin.hatenablog.com

 

最初の報告は2014年にFares et al.によってなされた。UM171を培養液に添加することで、HSCの体外増殖が増強され、特にLT-HSC(長期再増殖能を有するHSC)の増殖が活性化され、移植後長期にわたって再増殖能を示したなどと発表した。また、赤芽球や巨核球の分化に関連する転写産物の顕著な抑制効果もあると報告した。

Fares I, et al. Cord blood expansion. Pyrimidoindole derivatives are agonists of human hematopoietic stem cell self-renewal. Science. 2014 Sep 19;345(6203):1509-12.

 

その後もいくつかの文献が報告される。Psathaらは、他の化合物であるSR1・LyとUM171を組みあわせ、成体HSCを培養することで移植後整生着能が上がることを報告した。

Psatha N, et al. Brief Report: A Differential Transcriptomic Profile of Ex Vivo Expanded Adult Human Hematopoietic Stem Cells Empowers Them for Engraftment Better than Their Surface Phenotype. Stem Cells Transl Med. 2017 Oct;6(10):1852-1858.

 

→これらの研究から、HSCの体外増殖に重要な化合物の1つであり、HSC自己複製アゴニストとして知られるようになる。

UM171がCoREST複合体を調節し、lysine-specific demethylase LSD1の機能を低下させ、CoRESTの機能を低下させることで効果を発揮しているのではないかと報告されている。

 

★Lysine-specific histone demethylase 1A (リジン特異的脱メチル化酵素1=LSD1)について

H3リジンK4,K9残基のモノ/ジメチルグループを特異的に除去するすることによって遺伝子発現を調節する。

LSD1ノックアウトは汎血球減少やHSC機能障害につながる→血球分化を制限する代わりに骨髄内でのHSC増殖が惹起される。

同様の効果はin vitroでも見られ、LSD1を阻害し培養するとヒト臍帯血由来CD34+細胞の急速な増大につながる。UM171を加えてもLSD1阻害薬を投与したのと同じ効果が得られる。

LSD1とこれを含むリモデリング複合体CoRESTは、UM171処理によって急速にポリユビキチン化され、分解されてしまう→これがHSC体外増殖にプラスに働くのではないか?

 

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Subramaniam A, et al. Lysine-specific demethylase 1A restricts ex vivo propagation of human HSCs and is a target of UM171. Blood. 2020 Nov 5;136(19):2151-2161.

 

UM171を用いた臨床試験も行われている。

 

Cohen S, et al.

Hematopoietic stem cell transplantation using single UM171-expanded cord blood: a single-arm, phase 1-2 safety and feasibility study.

Lancet Haematol. 2020 Feb;7(2):e134-e145.

  • Single arm 非盲検 フェーズ1,2試験
  • カナダの2病院で実施 
  • UM171で培養した臍帯血と未操作臍帯血を移植
    →生着が確認されたところで次パート:UM171のみで培養した臍帯血を様々な細胞数で移植を実施(最少細胞数を決定するため)
  • 予定していた患者の96%でUM171による臍帯血培養が成功
  • 発熱成功中減少症が73%、菌血症が41%で見られたが、予期せぬ有害事象はなし
  • UM171培養臍帯血は慢性GVHDを起こす確率が低いという臍帯血移植のメリットと安全性を残しながら、感染率や急性GVHDのリスクといったデメリットを克服できる可能性があり、RCTが待たれる