こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

【文献紹介】ミトコンドリア膜電位の増強によって造血幹細胞は若返る

前回abstractのみ取り上げた記事の続きです。だいぶ間が空いてしまいましたが。。。

 

Mansell E, et al.

Mitochondrial Potentiation Ameliorates Age-Related Heterogeneity in Hematopoietic Stem Cell Function.

Cell Stem Cell. 2020 Oct 10:S1934-5909(20)30493-8.

 

<基礎知識>

ミトコンドリア膜電位とは?

二重膜構造のミトコンドリアの内膜に配置する,ATP産生などを司る呼吸鎖複合体は,その代謝活性により内膜を境にH+イオン濃度勾配による電位差(ミトコンドリア膜電位)を創出する.膜電位が保たれることはミトコンドリアの活性が維持されていることの指標となり,種々の要因によりこの膜電位を消失させると(脱分極),ミトコンドリアは脱分極とともに膜構造の断片化も引き起こす.

出典:実験医学online 

 

ミトコンドリア膜の電位差(ΔΨm)は、ミトコンドリアの重要な働きである ATP を産出する呼吸鎖の機能を維持するために、重大な意味を持つものです。その電位はミトコンドリア膜透過性遷移孔(Mitochondrial permeability transition pore; MPTP)が開くと消失し、続いてシトクロム C(Cytochrome C)の細胞質へ流出が起こります。

出典:アポトーシスにおけるミトコンドリア膜電位の消失とシトクロム C の流出https://www.abcam.co.jp/kits/mitochondrial-transmembrane-potential-and-cytochrome-c-release-in-apoptosis-1

 ★ミトコンドリアと造血幹細胞

  • 造血幹細胞(HSC)のほとんどは休止期にある。休止期HSCはミトコンドリア膜電位(MMP)が低い状態にある。(ミトコンドリアによる代謝ではなく解糖による代謝に依存している。)
    これが幹細胞機能維持につながったているとされている。
  • 若いマウスではMMP高く、高齢マウスでは低い傾向にある。
  • ストレス下では、HSCは休止期から抜け出し、自己複製or分化へ。
    ストレス→ミトコンドリア膜電位上昇→細胞分裂
    という経路をたどる。
    詳しくは別記事で↓

teicoplanin.hatenablog.com

  • しかし近年の研究では、MMPが高くミトコンドリア質量が高い方が幹細胞機能も高いのでは?などと報告されている。
    →MMP測定法の違いがこの違いに影響している可能性がある。
    M.J. de Almeida, et al. Dye-Independent Methods Reveal Elevated Mitochondrial Mass in Hematopoietic Stem Cells. Cell Stem Cell, 21 (2017), pp. 725-729.e4Y.
    Takihara, A, et al. 
    High mitochondrial mass is associated with reconstitution capacity and quiescence of hematopoietic stem cells. Blood Adv., 3 (2019), pp. 2323-

<本文>

  • 若いマウスと高齢マウスのHSCにおけるMMPはかなりの部分オーバーラップしているが、それでも若いマウスの方が高い傾向が見られた。
  • ミトコンドリア質量は若齢でも高齢でも有意差なし。
  • 5-FU投与後の転写活性の変化について調べると、若齢マウスの方が転写活性が高い。(若齢マウスの方が転写活性が高い細胞の割合が多い)
  • 次にバルクRNAシークエンシングを用いて遺伝子の面からMMPが高い細胞と低い細胞を評価。
  • RNAシークエンスでも若齢HSCと高齢HSCの多くは重なっているが若齢HSCの方がMMPが高い傾向にあり。
  • 主成分分析=PCA分析では、HSCは年代ではなく主にMMPによってグループ分けされることがわかった。
  • MMPが高いか低いかで細胞を分けると、遺伝子発現の仕方が、それぞれ若齢マウスか高齢マウスの特徴を有している。
  • 次にミトコンドリアを標的としてコエンザイムQ10であるミトキノール(Mito-Q)を投与し MMPを強化してみる実験を行った。
  • 高齢マウスにMito-Qを5日間投与すると、転写活性が上がり、若齢マウスに性質が近づく(例えば一時的にMy-biasも弱まりリンパ球への分化が増加する)。細胞表面マーカーも変化。
    ※Ly-HSCのMMPがMy-HSCよりも高いという筆者らの実験結果と一致。
  • 若齢マウスと高齢マウス+Mito-Q(=高齢マウスのMMPを増強)、
    高齢マウスと若齢マウス+CCCP(=若齢マウスのMMPを減弱)
    で遺伝子発現が似通っている。
  • 高齢マウスにMito-Qを投与することにってDNA損傷が改善。
  • Mito-Q処理された高齢マウスHSCは移植後生着能が高い。
  • Mito-Q処理によって高齢マウスの表現型を元に戻す=若返らせることができる。