こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

【文献紹介】Ca2+ミトコンドリア経路は造血幹細胞分裂を誘発する

本日も以前のミニシンポジウムで取り上げられた文献の紹介です。

 

 

. 2018 Aug 6; 215(8): 2097–2113.
Ca2+–mitochondria axis drives cell division in hematopoietic stem cells

 

Abstract

骨髄中にある造血幹細胞(HSC)のほとんどは、休止期にあり、ミトコンドリア膜電位が低い状態にある。対照的に、ストレス下での造血においては、HSCは活発に分裂を始める。しかし、HSC分裂の開始がどのように行われるのか、そのメカニズムは不明であった。このHSCの細胞周期の変化の背景にあるメカニズムを解明するために、我々は、5-fluoruracil (5-FU)による骨髄抑制の後にHSCのミトコンドリアに起きている変化を解析した。その結果、細胞内のCa2+レベルが上昇することによるミトコンドリア膜電位の上昇が見られた後に細胞分裂が開始することが分かった。Ca2+ミトコンドリア経路のさらに活性化すると、細胞分裂後にHSCが失われてしまうが、Ca2+チャンネルブロッカーである外因性アデノシンまたはニフェジピンによって細胞内のCa2+レベルを適切に抑制すると、HSCの分裂間隔が延長し、細胞分裂を起こしつつHSCを維持することが可能になる。まとめると、今回の我々の実験は、Ca2+ミトコンドリア経路は、HSC分裂を誘導し、HSC細胞運命を決定するのに重要な役割を果たしていることを示している。

 

ミトコンドリア膜電位とは

ミトコンドリア膜の電位差(ΔΨm)は、ミトコンドリアの重要な働きである ATP を産出する呼吸鎖の機能を維持するために、重大な意味を持つものです。その電位はミトコンドリア膜透過性遷移孔(Mitochondrial permeability transition pore; MPTP)が開くと消失し、続いてシトクロム C(Cytochrome C)の細胞質へ流出が起こります。

出典:アポトーシスにおけるミトコンドリア膜電位の消失とシトクロム C の流出https://www.abcam.co.jp/kits/mitochondrial-transmembrane-potential-and-cytochrome-c-release-in-apoptosis-1

 

Introduction

・HSCは骨髄の中の特別な微小環境「ニッチ」内に存在しており、大部分は休止期にある。

・HSCが休止状態でなくなってしまうと過剰な細胞分裂が起こり、HSCが枯渇してしまう。→休止期の維持は非常に重要。

・休止期の特徴…エネルギー生成が低い。

 ミトコンドリア膜電位が低く、解糖に依存。

 →休止期HSCはミトコンドリア代謝には依存でない。

・ストレス下では…HSCは休止期から抜け出し、自己複製or分化へ。このどちらになるのかが決定されるメカニズムは不明のまま。

・HSCの活性化がどのように行われるかに関しても研究は不十分。

ミトコンドリア内へのCa2+流入ミトコンドリア活性化に必要。

・HSC維持におけるCa2+の役割は?→いまだ不明。

・今回の研究の主な焦点は、5FU投与後の骨髄抑制中のHSCのエネルギー代謝の変化について。

 

Result & Discussionまとめ

・CD150 + CD48 - KSL; SLAM KSLをHSC集団とする。

・マウスに5FUを投与すると…このSLAM KSL集団は大きく減少。

・5FU処理によって、HSCは表現型は変わってしまう→EPCR + CD150 + CD48 -(L - ESLAM)を用いてHSCを同定。

・5FU投与後3日後あたりからL - ESLAM細胞におけるEdC取り込みが有意に増加→このころからHSC分裂が開始されるということ。

・休止期HSCとサイクリングHSC(5FU投与後に細胞周期が回り始めたHSC)をRNAシークエンス解析。

・「mTOR1シグナル伝達」、「解糖」、「活性酸素種」、および「酸化的リン酸化」に関連する遺伝子セットの有意な濃縮あり。

ミトコンドリア活性がサイクリングHSCと休止HSCで変化したか調査…ミトコンドリア膜電位のインディケーターであるJC-1 Red(赤色蛍光)の細胞割合を調査

→5FU投与後4日で有意に上昇。

・同時にJC-1 Green(緑色蛍光)(=ミトコンドリアの質量を反映)の上昇も確認。

ミトコンドリアのスーパーオキサイドとATPレベルも上昇。

・サイクリングHSCは解糖の増加を示している。

→5FU投与4日後マウスは、解糖とともにミトコンドリア機能が強化→エネルギー代謝活性化。

ミトコンドリアへのCa2+流入ミトコンドリア活性強化に不可欠→これをHSCでも調べた。

・細胞内とミトコンドリア内のCa2+レベルはいずれも5FU投与後3日で有意に上昇。

・Ca2+チャネルブロッカーのニフェジピンを投与すると…細胞内Ca2+増加を阻害。→細胞内Ca2+レベルとミトコンドリア活性の両方を抑制。細胞分裂は起こるも、分裂頻度は低く、ニフェジピンが細胞分裂間隔を延長したものと考えられる。

・ニフェジピンは、後期G1期関連サイクリン(サイクリンE; Ccne1およびCcne2)を抑制する。

・Ca2+ミトコンドリア経路の抑制が、p53関連遺伝子のアップレギュレーションを通じて、細胞分裂中のHSCの維持に寄与することを示唆。

・HSC細胞周期の調整はa2+ミトコンドリア経路に依存している。