こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

【文献紹介】造血幹細胞分裂様式のマシンラーニング

本日も文献紹介です。前置きといいますか、基礎知識解説が結構長くなってしまいました…。

 

Arai F, Stumpf PS, Ikushima YM, Hosokawa K, Roch A, Lutolf MP, Suda T, MacArthur BD.

Machine Learning of Hematopoietic Stem Cell Divisions from Paired Daughter Cell Expression Profiles Reveals Effects of Aging on Self-Renewal.

Cell Syst. 2020 Dec 16;11(6):640-652.e5.

 

<ポイント>

  • マシンラーニングを用いて細胞の特徴や老化の程度を予測することができる。
  • 造血幹細胞=HSC個々の能力(再増殖能)は加齢に伴って低下していく。
  • HSCの分裂様式は中年=mid-life(今回の研究では8週齢)で最もニッチの影響を受けやすい。
  • 体外増殖の場合は、最初の分裂で最も加齢の影響受ける。
    (体外増殖の場合は、2回目以降の分裂はどの週齢でもほぼProgenitor→つまり分化方向に進んでしまう)

<基礎知識>

  • HSCの分裂様式には3つある。

Symmetric and asymmetric cell divisions in relation to selfrenewal and the repopulation potential of HSCs. Quiescent HSCs are activated by cell-intrinsic or -extrinsic factors for symmetric or asymmetric cell divisions. Symmetric cell divisions subsequently result in a stem cell pool with higher repopulation potential.  

出典は下記文献

Nakamura-Ishizu A, Takizawa H, Suda T. The analysis, roles and regulation of quiescence in hematopoietic stem cells. Development. 2014 Dec;141(24):4656-66.

 

  • 分裂様式はニッチの影響を受けると考えられ、ニッチから距離が離れるとMPP(多能性前駆細胞)になりやすくなるのではないかなどと報告されている。

figure3

出典は下記文献

Wilson A, Trumpp A. Bone-marrow haematopoietic-stem-cell niches. Nat Rev Immunol. 2006 Feb;6(2):93-106.

 

HSCは加齢によって…

  • HSC frequenciesが上がる。
  • G0期の細胞が減る。(ほとんどのHSCはG0期つまり休止期にある)
  • 高齢マウスでは骨髄細胞が減少する。(骨髄/リンパ球比が減少)
  • 移植時生着能が低下。(若いマウスの方が生着能が優れている)
  • Myeloid biasがかかってくる。(加齢が進むほどHSCから骨髄球に分化しやすくなりリンパ球に分化しやすくなる)
  • ミトコンドリアダメージが蓄積する、DNAダメージが蓄積する、テロメアが短くなる。

figure1

出典は下記文献 

Geiger H, de Haan G, Florian MC. The ageing haematopoietic stem cell compartment. Nat Rev Immunol. 2013 May;13(5):376-89.

 

加齢による変化に関しては別記事あり。

teicoplanin.hatenablog.com

 

また今回は人工ニューラルネットワーク(artificial neural network=ANN)を用い、細胞を解析している。

ニューラルネットワーク」とは何か?

 近年注目されている機械学習や深層学習(ディープラーニング)を学習する際に、おさえておきたいのが「ニューラルネットワーク」という概念だ。

 機械学習と呼ばれるものには多くの手法があるが、そのひとつがニューラルネットワークを使った手法である。

 ニューラルネットワークとは、人間の脳内にある神経細胞ニューロン)とそのつながり、つまり神経回路網を人工ニューロンという数式的なモデルで表現したものである。

 ニューラルネットワークは、入力層、出力層、隠れ層から構成され、層と層の間には、ニューロン同士のつながりの強さを示す重み「W」がある。

「人間の脳の中にあるニューロンは電気信号として情報伝達を行います。その際にシナプスの結合強度(つながりの強さ)によって、情報の伝わりやすさが変わってきます。この結合強度を、人工ニューロンでは重みWで表現します」(村上氏)

出典:ニューラルネットワークの基礎解説

ニューラルネットワークの基礎解説:仕組みや機械学習・ディープラーニングとの関係は |ビジネス+IT

 

<本文>

  • HSCの分裂様式を数理モデルを用いて解析。3つの分裂様式の内、S-S分裂とP-P分裂の動態を評価することによりHSCのプールサイズを評価する。
    (S-P分裂はプールサイズの増減には関与していないから)
  • CD34-CD150+Evi1+KSL細胞をLT-HSCとしている。
  • 今回は4週(young)、8週(adult)、18か月(old)のマウスを使用。これらのマウスでは経時的にHSC frequencyが増加していくことを確認した。
  • マシンラーニングを用いて、HSC分裂が各週齢・月齢に応じてS-S、S-P、P-Pどのように分布している科を予測。
  • 各週齢・月齢のマウスを1cell/wellでsortingし、2日観察し、1回分裂させる。1回分裂し2個になった細胞をマシンラーニングを用いてどの分裂なのかを確認。
  • さらにその分布がニッチの影響を受けるかをAngiopoietin1の影響を受けるかで判定。
    →Angiopoietin1を投与した環境下で培養(2つの細胞に分裂させる)。
    →Angiopoietin1を加えないときと比べてS-S、S-P、P-Pが
     変化する→ニッチの影響を受ける。
     変化しない→ニッチの影響を受けない。
  • ※Angiopoietin1は過去の1st authorの論文で、ニッチにおいて分泌される物質の1つでHSCの休止期を制御すると報告されている↓
    Arai F, Hirao A, Ohmura M, Sato H, Matsuoka S, Takubo K, Ito K, Koh GY, Suda T. Tie2/angiopoietin-1 signaling regulates hematopoietic stem cell quiescence in the bone marrow niche. Cell. 2004 Jul 23;118(2):149-61.
  • 4週齢、8週齢、18か月齢マウスにおけるS-S、S-P、P-Pの分布は以下の通り。

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  • Adult(8週齢)マウスのみがAngiopoitin1の影響を強く受けている。
    → Adult(8週齢)がニッチの影響を最も受けている!
  • Young mouseはニッチの影響に関わらず自己複製傾向が強い。
  • Old mouseはニッチに影響に関わらず分化(老化)傾向が強い。
  • Angiopoietin1を発現させたマウスとさせていないマウスで比較すると発現させているマウスの細胞を移植した方が成績よい。→これも8週齢マウスで最も影響が大きい。