こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

【文献紹介】痛覚神経刺激はHSC動員に関与~ハラペーニョペッパーで白血病治療?~

抄読会で取り上げられたNatureの文献の紹介です。

 

Gao X, Zhang D, Xu C, Li H, Caron KM, Frenette PS.

Nociceptive nerves regulate haematopoietic stem cell mobilization.

Nature. 2020 Dec 23.

 

基礎知識

造血幹細胞(HSC)は、「移動する」という特徴がある。

 

胎生期にはAGM(大動脈・生殖隆起・中腎)領域、卵黄のう、胎盤、胎児肝を移動していく。

Méndez-Ferrer S, Frenette PS. Hematopoietic stem cell trafficking: regulated adhesion and attraction to bone marrow microenvironment. Ann N Y Acad Sci. 2007 Nov;1116:392-413.

 

成体においても、骨髄→末梢血→骨髄の循環を繰り返している。G-CSFなどのサイトカインやシクロホスファミドなどの細胞障害性薬剤投与で、このHSCのmobilizationは促進され、さらに末梢血に出てくるようになる。

Wright DE, Bowman EP, Wagers AJ, Butcher EC, Weissman IL. Hematopoietic stem cells are uniquely selective in their migratory response to chemokines. J Exp Med. 2002 May 6;195(9):1145-54.

 

※移植治療ではしばしばこれを利用している。骨髄移植などの際には、ドナーから採取した造血幹細胞を、骨髄に注入するのではなく、輸血のように末梢から投与するが、投与された造血幹細胞は勝手に骨髄(ニッチ)内に移動し、造血を行うようになる。また、自家移植の際は、GCS-Fを患者に投与し、造血幹細胞が末梢血にたくさん出てくるようにし、それを採取し、後に自分の造血幹細胞を自分に移植するという方法が行われる。

 

このように骨髄(ニッチ)に自然戻ってくるhomingがどのように起こるか、未だ十分には分かっていない。

 

また、交感神経がニッチを制御しているとの報告も過去にいくつかあり。しかし今回取り上げている痛覚神経の関与に関してはまだ十分に分かっておらず、本研究でその一部を明らかにしている。

Katayama, Y. et al. Signals from the sympathetic nervous system regulate hematopoietic stem cell egress from bone marrow. Cell 124, 407–421 (2006).

 

本文に出てくる薬剤・マーカーの整理

  • 神経細胞全体のマーカー:class III β tubulin (TUBB3)
  • 交感神経マーカー:anti-tyrosine hydroxylase (TH)
  • 痛覚神経マーカー:CGRP

 

resiniferatoxin (RTX)

レシニフェラトキシン(resiniferatoxin、RTX)は、天然に存在する超強力なカプサイシンアナログであり[1]、スコヴィル値は160億スコヴィルと非常に高く、純粋なカプサイシンの約1,000倍に達し、ハバネロの32,000 - 160,000倍にも達する。痛覚に関与する一次求心性知覚性ニューロン(英語版)の亜種に存在するバニロイド受容体を活性化する。

RTXは神経のTRPV1受容体に結合すると、神経細胞のイオンチャンネルをこじ開け、大量のカルシウムを流入させることで、痛覚神経末端が不活性化する。

出典:Wikipedia

 

6-hydroxydopamine (6OHDA)

6-ヒドロキシドーパミン(6-hydroxydopamine または 6-OHDA)は神経科学においてドーパミン作動性ニューロンおよびノルアドレナリン作動性ニューロンを選択的に変性除去するために用いられる神経毒。6-OHDAは、ドーパミンおよびノルアドレナリンの再取り込み輸送体によってニューロンに取り込まれる。ドーパミン作動性ニューロン特異的に除去するためには選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(デシプラミンなど)と併用されることがしばしばある。この逆も可能であるが、実際の研究においての実例は少ない。

科学研究における6-OHDAの主な使用目的はパーキンソン症候群をマウス、ラット、サルなどの実験動物に誘導することであり、この実験系はヒトのパーキンソン病に対する新しい医療を追求するために用いられている。MPTPも同様の目的に使用される。

出典:Wikipedia

 

本文

Chemical ablation=痛覚神経の薬剤によるブロック

  • マウスにRTXを投与し、痛覚神経をブロック。その後にG-CSFを投与し、HSC移動を誘発する。
  • RTXを投与すると末梢血に出てくるHSCや前駆細胞脾臓内のHSCの数が減少する。しかし骨髄内のHSCの数は変わらず。
    (交感神経や感覚神経をブロックするだけでは末梢のHSCの変化は無し)
  • 痛覚神経と交感神経をどちらもブロックすると移植後生着能低下(単独ブロックでは有意な変化無し)
  • しかし痛覚神経と交感神経どちらもブロックしてもhomingには影響無し。
    (移植後生着能とhomingは関係無し)

Genetic ablation=トランスジェニックマウスを作り遺伝的に神経を除去する

→Chemical ablationと同じ結果に

痛覚神経と交感神経は両者協力してHSCを骨髄に止めるかどうかを調節する作用がある。

(痛覚神経はサブスタンスPとCGRPを分泌しておりCGRPの方に主にこの調節作用があり、これを交感神経が増強すると筆者らはしている。)

 

痛覚神経が分泌する神経伝達物質CGRPの働きは?

  • RTX投与(痛覚神経ブロック)→CGRP投与→GCS−F投与
    HSCは骨髄に少なく末梢に多く観察される!
    (痛覚神経をブロックしてもこの作用は変わらず)
    GCS−Fによる末梢へのHSC動員は痛覚神経由来のCGRPによって調節されている!
  • 次にCGRP受容体であるヘテロ二量体受容体RAMP1–CALCRLについて調査した。
    →RAMP1, CALCRLどちらを削除しても、HSC末梢血動員は妨げられる。
    →この ヘテロ二量体受容体RAMP1–CALCRLどちらもHSC末梢血動員には非常重要。
  • ではCGRPの標的は?→リアルタイムPCRで調べたところ、HSC以外では単球・マクロファージにRamp1の発現が多いことが分かった。
  • クロドロン酸リポーム投与を行いマクロファージを除去→CGRPを投与→HSC末梢血動員↑
    →CGRPが単核食細胞に作用し末梢血動員を誘導しているわけではない。
    →CGRPは単球やマクロファージではなく、HSCに直接作用していることを示唆。
  • さらなる実験からアデニル酸シクラーゼの活性化がHSC動員に関与していることが分かった。

辛い食べ物でHSC動員が促進される

  • ここまでの実験結果から、痛覚神経を活性化する辛い食べ物の摂取がHSC末梢血動員を誘発する可能性があると考え、カプサイシン入り食餌をマウスに与えてみた。
  • 骨髄細胞外液中のCGRPが有意に上昇し、末梢血HSCも有意に増加。また、移植後キメリズムも向上。

結果は以上。Discussionでは、CGRPがHSPCに発現するCALCRL–RAMP1受容体を介してcAMPレベルを上昇させ、HSC動員につながるという可能について述べられていた。

 

また、G-CSF投与は骨痛をしばしば引き起こすとし(骨髄空間における造血細胞の急激な増加ではなく痛G-CSFによる痛覚神経活性化が原因ではないかと筆者らは指摘している 実際G-CSFはCGRP分泌を促進するとの報告あり)、カプサイシンの受容体であるTRPV1 receptorのアゴニスト投与は1日10のハラペーニョペッパー投与の代わりになるかも…などと書かれていました。

 

ハラペーニョペッパーで白血病治療というのも面白いですね。