NEJM最新号に、糖尿病の治療薬であるDPP4阻害薬で造血幹細胞移植後のGVHDを予防できるという趣旨の文献が掲載されました。これについて見ていきたいと思います。
基礎知識
白血病など血液悪性腫瘍の治療として骨髄移植などの造血幹細胞移植がしばしば行われる。急性骨髄性白血病含め、いくつかの血液悪性腫瘍においては、造血幹細胞移植は唯一の根本治療法である。
この造血幹細胞移植後に、しばしば問題となるのがGVHD(graft-versus-host disease:移植片対宿主病)である。患者に移植されたドナーの細胞が、患者の体を敵だとみなし攻撃することである。皮膚障害・肝障害・消化肝障害などが主なものであり、以下のように重症度が決定される。
(a) ビリルビン上昇、下痢、皮疹をひきおこす他の疾患が合併すると考えられる場合はstageを1つ落とす。合併症が複数存在する場合や急性GVHDの関与が低いと考えられる場合、stageを2-3落としても良い。
(b) 火傷における「9の法則」を適応。
(c) 3日間の平均下痢量。
(d) 胃・十二指腸の組織学的証明が必要。
(e) 消化管GVHDのstage 4は、3日間平均下痢量>1,500 mLかつ、腹痛または出血(visible blood)を伴う場合を指す。腸閉塞の有無は問わない。出典:金沢大学 血液内科呼吸器内科「血液・呼吸器内科のお役立ち情報:急性GVHDの分類:造血幹細胞移植入門(44)」より引用
後にあげますNEJMのvideo abstractによりますと、移植後100日以内(100日以内に起こるものが急性GVHDでありそれ以降に起こるものが慢性GVHD)に、34-51%の患者にstageII-IVの急性GVHDが起こるとのことです。
DPP-4阻害薬の血球への効果に関する基礎医学論文
DPP-4阻害薬でストレス後の血球回復が促進
NEJMで取り上げられたのはphaseII臨床試験なのですが、当然ながら臨床試験の前に基礎研究結果が発表されています。それは後に紹介しますが、まずはDPP-4阻害薬の血球に対する効果を取り上げた文献を紹介します。
Broxmeyer HE, et al.
Dipeptidylpeptidase 4 negatively regulates colony-stimulating factor activity and stress hematopoiesis.
Nat Med. 2012 Dec;18(12):1786-96.
もしかしたらこれよりも先に発表された文献もあるかもしれませんが、私が調べてみたところこれが最初のようなのでこれを紹介してみます。
筆者らは、造血幹細胞=HSCのホーミングや化学走性に重要なケモカインである(つまり幹細胞を骨髄にとどめておくのに重要なケモカイン)Stromal cell-derived factor-1=SDF-1(CXCL12)に対するDPP-4の影響を調べていたところ、予期せずGM-CSFによるGM前駆細胞(CFU-GM)増殖を増強させる働きがあることを発見した。
GM-CSF(Granulocyte Macrophage colony-stimulating Factor:顆粒球単球コロニー刺激因子)は、多能性造血幹細胞に分化を促すサイトカインの一種[1]。
IL(インターロイキン)-3,5などと協力し、多能性造血幹細胞を骨髄系前駆細胞(CFU-GEMM)に分化させ、これを前期赤芽球系前駆細胞(BFU-E)、顆粒球単球コロニー形成細胞(CFU-GM)、好酸球コロニー形成細胞(CFU-Eo)、好塩基球コロニー形成細胞(CFU-Ba)らに分化させる。更に、CFU-GMを好中球と単球に、CFU-Eoを好酸球に分化させる働きを持つ。(CFU-BaはIL-3,5により好塩基球に誘導される)
このように主に細胞性免疫の主役である白血球(顆粒球、単球)の分化誘導作用をもつため、免疫賦活や骨髄刺激に用いられることもある[2]。 Th細胞等が産生していることがわかっている。
出典: Wikipedia
DPP-4は、造血前駆細胞表面に存在し、この働きによってG-CSFやエリスロポエチンといった造血成長因子が阻害されてしまう。しかしDPP-4を阻害することによって造血成長因子が活性化され、造血が促進される。つまり、化学療法後や放射線治療後の造血回復がDPP-4阻害によって早くなる可能性があるとのことであった。
他の方のブログで日本語による解説あり↓
上記文献では血球回復に関する効果は述べられており、移植後生着能をあげるなどの効果にも触れられていますが、GVHDに関しては言及されていません。次にGVHDに関する基礎論文を紹介します。
ヒト化抗CD26(DPP-4)モノクローナル抗体による急性移植片対宿主病の予防
Hatano R, et al.
Prevention of acute graft-versus-host disease by humanized anti-CD26 monoclonal antibody.
Br J Haematol. 2013 Jul;162(2):263-77.
これは日本からの論文です。筆者らはT細胞活性化マーカーであるCD26(DPP-4)が、GVHD標的臓器で多く発現していることを突き止めました。それ以前にも多発性硬化症やバセドウ病、関節リウマチなどの自己免疫疾患において、CD26発現程度と疾患の重症度が相関していることがわかっていましたが、GVHDにも同じような傾向が見られることを発見したわけです。
そしてCD26を阻害する治療で、マウスモデルにおけるGVHD関連死亡が有意に減少することを発見しました。
関節リウマチなどの治療に用いられていたCTLA4-Ig(アバタセプト)も、同じような作用を有しているが、アバタセプトはCD4+細胞を減少させ、生着能低下などを招いてしまうのに対し、抗CD26モノクローナル抗体を用いてCD26のみを阻害すると、CD4+細胞は維持され、生着能などに影響を与えないというメリットがある。
これを受けて次は臨床文献です。
NEJMで紹介された臨床試験〜DPP-4阻害薬シタグリプチンで移植後GVHD予防〜
https://www.nejm.org/do/10.1056/NEJMdo005921/full/
こちら↑はvideo abstractです。もちろん論文本文も読めますが、こちらの方がわかりやすかったのでこちらを貼っておきます。
これによると36人の移植患者にDPP-4阻害薬であるシタグリプチン600mg12時間毎を、移植日をday0としてday-1〜day14まで投与したとのことでした。
ちなみに糖尿病治療として一般的に用いられるシタグリプチンの量は1日あたり50-100mgなので上記の1日1200mgはかなりの量です。
36人中、100日以内にstageII-IVのGVHDが生じた患者はわずか2人だけであり、筆者らは、シタグリプチンにGVHD予防効果があるとしてRCTを将来的に考慮すべきだとしています。
私見
もともとは糖尿病治療薬として世に出た薬がこのように別の疾患治療に役立つのは面白いですね。これを見ると自己免疫疾患治療にもDPP-4阻害薬使えそうな気がしますがどうなんでしょうか…。低血糖になりづらく糖尿病治療薬としても非常に有能だと個人的には思っていますが、さらに臨床での重要性が増してくるかもしれません。