先天性疾患に対する遺伝子治療に関してはこれまでも何度か紹介してきました。今回はそれを利用した臨床試験がNEJMで紹介されていたので取り上げてみます。
取り扱う疾患はアデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症による重症複合免疫不全症(ADA-SCID)です。
ADAという酵素が生まれつき障害されてしまうことによってできるdATPというよくない物質が、胸腺におけるリンパ球産生を阻害するという疾患です。
うまく機能するリンパ球が産生できなくなってしまうことによって免疫不全となります。国立成育医療センターのホームページを見てみると3つの治療法があります。
- 感染症治療:
これは対症療法に近いです。免疫不全状態にあるので感染症にかかりやすいため、かかったら治療したり、かからないように予防薬を飲んだりします。 - 造血幹細胞移植:
正常なリンパ球を作ってくれる造血幹細胞を他の人からもらって移植する方法です。他人からもらうので(家族の場合もあります)、拒絶反応が問題となります。 - 酵素補充療法:
ADAという酵素が足りてないことによっておこる疾患なので、ウシ由来のADAを投与し不足を補うという治療です。日本では未承認の薬です。一生補充し続けなければなりません。
対して、遺伝子治療の手順は以下の通りです。
患者本人のCD34陽性造血幹・前駆細胞(HSPC)を取り出す
↓
遺伝子異常がある患者の造血幹細胞をベクターを用いて治療
※今回の例で言えば、患者の造血幹細胞はADA遺伝子が欠損しているため、ウイルスベクターを用いてADA遺伝子を造血幹細胞に入れ込む
↓
本人に処置後のHSPCを戻す(自家移植)
既存の治療の造血幹細胞移植と似ていますが、異なる点は、既存の移植は他人の造血幹細胞を移植しているのに対し、遺伝子治療の場合は、自分の造血幹細胞を移植しています。
自分の造血幹細胞なので、他人の造血幹細胞をもらうときに大きな問題となる移植片対宿主病(GVHD: Graft-Versus-Host Disease)が起きません。
そして遺伝子治療によって正常になった自分の造血幹細胞がADAを分泌してくれるため、酵素を補充する必要がなくなります。
これはすでに過去にも臨床試験で成果を出しています。
↑これは2009年に発表されたものです。このときはADA欠損症の免疫不全の患児10例に移植をしました。その結果は以下の通りです。
8 例は酵素補充療法を必要とせず,血液細胞の ADA の発現が持続し,プリン代謝物の解毒障害の徴候はみられなかった.9 例では免疫の再構築が認められ,T 細胞数の増加(T 細胞数の 3 年後の中央値 1.07×109/L)と T 細胞機能の正常化がみられた.
(中略)ADA 欠損症患児の SCID に対して,強度の低い前処置を併用する遺伝子治療は安全かつ有効な治療法である.(ClinicalTrials.gov 番号:NCT00598481,NCT00599781)
10年以上前の臨床試験ですでにある程度の成果を上げています。今回はこちらです。
今回は患者50例(米国30例、英国20例)と大きく数が増えました。その結果は以下の通りです。
全生存率はすべての試験で,最長 24 ヵ月および 36 ヵ月まで 100%であった.無イベント生存率(酵素補充療法の再開または救済同種造血幹細胞移植の実施がない)は,12 ヵ月の時点で 97%(米国の 2 試験)と 100%(英国の試験),24 ヵ月の時点でそれぞれ 97%と 95%,36 ヵ月の時点で 95%(英国の試験)であった.
(中略)ADA-SCID をレンチウイルスによる ex vivo HSPC 遺伝子治療で治療した結果,全生存率と無イベント生存率は高く,ADA の発現,代謝の正常化,免疫能の再構築が維持された.
これだけ見ますとかなりいい結果のように思えます。もちろん治療効果をもっときちんと評価するにはRCTになるわけですが、将来性はかなりあるように思えます。さらなる研究の発展に期待したいと思います。