こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

【文献紹介】小胞体関連分解ERADの中心的分子SEL1Lは造血幹細胞をニッチにとどめておく役割がある

文献紹介です。

 

Xu L, et al.

Protein quality control through endoplasmic reticulum-associated degradation maintains haematopoietic stem cell identity and niche interactions.

Nat Cell Biol. 2020 Oct;22(10):1162-1169.

 

【基礎知識】
リボソームで合成されたタンパク質は、分子シャペロンやフォールディング酵素などの作用を受け、フォールディングされることによってタンパク質として機能するようになる。しかし、様々な理由でこのフォールディングがうまくいかない異常タンパク質が発生する。

小胞体内に異常なタンパク質が発生すると、UPR(unforlded protein respoce:小胞体ストレス応答、異常タンパク質応答など)が起こり、この異常なタンパク質を修復・分解するような機構が働く。この分解・除去する機構の1つとしてERAD(endoplasmic reticulum-associated degradation:小胞体関連分解)というものがある。小胞体内の異常たんぱく質が、サイトゾルへ輸送され、ユビキチン・プロテアソーム系により分解される。このERAD経路は免疫系やコレステロール合成系などに深く関与していることから、生体にとって非常に重要なシステムと言える。

中でも今回取り上げているSEL1L–HRD1複合体はERAD経路の制御に関与している重要な因子である。

 

  • ERAD関連分子はHSC分画に高発現しており、特にLT-HSCでは顕著である。

  • Sel1lノックアウト(KO)マウスではHSCの頻度・数の減少、貧血などの現象が見られる。8週齢マウスではコントロールより少ない程度だが、50週齢マウスではHSC分画はほぼゼロになってしまう。

  • 細胞周期を見てみると、Sel1lKOマウスの方が細胞周期が回っている。

  • Sel1lKOマウスの細胞をドナーとして移植してみると…
    ほとんど生着しない。
    ・Inducible KOマウス(未処理の段階ではSel1lはノックアウトされておらず、poly(I:C)を打つとSel1lがノックアウトされる)を用いると、移植後もノックアウトされていない状態ではある程度のキメリズムアがあるが、poly(I:C)処理されノックアウトされると途端にキメリズムが低下してしまう。
    Sel1l KOのHSCは再構築能を失ってしまう。

  • 次に5-FU投与後の反応を見てみると…
    ・コントロールマウスでは一時的に細胞周期が回りHSCが増加するが、しばらくすると(5-FU投与後11日目)、細胞周期はもとに戻っていく(通常時と同じように静止期=G0期にある細胞が増える)。
    ・一方でSel1lKOマウスでもやはり5-FU投与によって細胞周期が回るが、これが元に戻らない。なので5-FU投与15日目にはHSCは枯渇してしまう。
    ・Sel1lKOマウスに5-FUを連続して投与すると、コントロールと比較し寿命が大きく短縮。

  • なぜ上記のような変化が起きるのか?
    ・Sel1KOマウスではIRE1α proteinの有意な増加あり。
    ・IRE1α proteinとは…小胞体ストレス反応のトリガーを仲介する。
    ・IRE1はBiPと普段は結合しており、misfoldingされたタンパク質を認識すると、BiPだけ離れて再foldingを促す。離れたIRE1はERAD関連遺伝子活性化させ、misfoldingタンパク質の分かいなどに関与する。
    Sel1lノックアウトはマイルドな小胞体ストレスを誘発し、HSCにおいてこのIRE1α反応を引き起こしているのではないか?

  • Misfoldign, unfoldingされたタンパク質を取り除ければSel1lKOによって失われた機能はもとに戻る?
    戻らず。ケミカルシャペロン(UDCAや4-PBA)を用いても機能はHSC戻らず。→Sel1lKOマウスにおけるHSC機能低下はタンパク質misfolding増加によるものではない。

  • では小胞体ストレス剤(Tunicamycinやthapsigargin)を投与してみてはどうか?
    →薬剤によって小胞体ストレスを再現してもSel1lKOと同じ状況は再現できず。Sel1lKOマウスにおけるHSC機能低下は小胞体ストレスに関係したものではない。

  • Sel1lがない造血幹細胞では何が起きている?
    ニッチから離れた場所にいる造血幹細胞が多い。
    放射線未照射マウスにワイルドタイプのHSCを移植しても生着しないが、Sel1lKOマウスのHSCを移植すると生着できる
    ニッチが空いているからではないか?
    Sel1lKOマウスのニッチがおかしくなっているのではないか?

    ※参考論文:Sudoet al. 2012. MPLをブロックするとHSCはニッチから離れてしまうという文献あり。
    →今回のSel1lKOマウスでもMPLを見てみると低下していることが分かった。
  • Sel1lはMPLの細胞表面の発現に非常に重要な役割を果たしていると考えられる。
  • Sel1lKOされているとMPLが蓄積している。
    →Sel1lKOマウスではmisfold MPLができないことによって小胞体内に蓄積し、正常MPLもmisfold MPLの中に抱き込まれてしまうのでは?と筆者らは仮定。
  • Sel1l-HRD1経路が欠損すると表面のMPLが減少する。これはSel1lKO状態では未熟なMPLが分解されず蓄積してしまいこれが舞う表面へのMPL発現を妨げてしまうのでは?→MPLがないHSCはニッチから離れた場所に存在。
  • MPLアゴニストを使えばこの状態をレスキューできるのはないか?
    ・リン酸化STAT-5レベルは改善、HSC数は一部改善。
    →一部レスキューされるという結果。再構築能も一時的にアゴニストによって改善するが時間とともにその効果が薄れていってしまう。
    ・MPLアゴニストは細胞表面にMPLが存在している状態でなければいけない

★まとめ

  • 小胞体関連分解ERADの中心的分子であるSEL1L-HRD1複合体の存在が造血幹細胞を骨髄ニッチにとどめておくのに関与している。
  • SEL1L欠損はMisfoldしたMPLの小胞体内への貯留を引き起こすために、細胞表面に発現できるMPLが減少してしまい、結果的に造血幹細胞がニッチに留まれない状態にしてしまう。