こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

【文献紹介】PVA(ポリビニルアルコール)を用いた造血幹細胞体外増殖

この文献はちょうど1年前くらいに大変話題になりました。

 

www.asahi.com

 

様々なメディア・ニュースなどので取り上げられました。

それから少し時間が経ちましたがその論文についての内容紹介です。和訳が中心になるかと思います。

 

Nature. 2019 Jul; 571(7763): 117–121.
Long-term ex vivo hematopoietic stem cell expansion affords nonconditioned transplantation

多能性と自己複製能を有する造血幹細胞(HSC)は、移植によりレシピエントに血液再増殖能を構築することができ、白血病など様々な疾患の治療に利用されている。HSCが存在している骨髄内の微小環境=ニッチ内におけるHSCを維持するため因子を特定する研究が長年行われてきたが、それでもHScを体外で増殖させることは困難であった。今回、我々は、アルブミンを使用しない培養システムを用いることにって、機能的HSCを体外で長期間増殖することが可能であることを発見した。このシステム最適化の過程の中で、高thrombopoietin (TPO)・低stem cell factor (SCF)・低フィブロネクチンがHSC維持に重要であることを発見し、さらにアルブミンの代わりにpolyvinyl alcohol (PVA)を使用することがHSC培養に特に重要であることを突き止めた。この方法を用いることによって、機能的HSCを約1ヶ月の間に236-899倍に増殖することが可能である。このシステムを用いることで、放射線照射などの侵襲的前処置を行うことなく、わずか50個の細胞から増殖させたHSCを移植することによって生着を得ることができる。したがってこの発見は基礎血液学においても臨床血液学においても重要な意味を持っている。

 

HSC培養条件を最適化するため、我々はまず、7日間のCD34-cKit+Sca1+Lin- (CD34-KSL) HSC培養を、TPOとSCFを用いて行った。そして致死量放射線治療後マウスへ1x10^6個のcompetitor cellとともに移植する競合移植を行った。

→100 ng/ml TPO と 10 ng/ml SCFを用いたときに16週間後末梢血キメリズムが最高となった。

→これBM-derived CD34+KSL hematopoietic progenitor cells (HPCs)よりBM-derived CD150+CD34-KSL HSCsの増殖を誘導した。

→1ヶ月の長期培養はできる?これを検証。

培地交換をhalfとcompleteで比較するとcompleteの方が移植後生着率が良いことが分かったため、このことから、プレートコーティングに用いられている物質がHSC維持に必要である可能性があると考えて、スクリーニングを行った。その結果、フィブロネクチンが16週間後末梢血キメリズムを改善。

 

ラボのHSC培養はyeast-derived recombinant human serum albumin (HSA)

→我々は組換えタンパク質が炎症性フェのタイプの原因の可能性があるのではないかと仮説を立てた。そしてHSAの代用となるものを探した。(血清アルブミンは、担体分子として、あるいはアミノ酸源として、HSC培養において幾つかの役割を持っていた。)HSCはアルブミンを含む低アミノ酸培地では増殖できない。我々は担体機能を代用できる物質を探すことに注力した。11の物質をスクリーニングしpolyvinyl alcohol (PVA)だけが、HSC増殖・維持に役立つことが分かった。さらにPVAで培養されたHSCは競合移植アッセイにおいて、これまでのHSAによる培養よりも優れていることが分かった。また、PVA培養においては分泌因子濃度が有意に低いことが分かった。老化関連遺伝子発現(p16Ink4a, p19Arf, and Trp53)はPVA培養で減少が見られ、gamma-histone 2A.X phosphorylationの蓄積が見られなかった。

 

PVAは胚細胞の培養に用いられてきたが、そのメカニズムはあまりわかっていなかった。PVAの特徴を調べ、アルブミンの代用が可能か調べるためにPVAの加水分解状態を比較することとした。最初のスクリーニングに87%加水分解されたPVA(87%PVA)(アセテートおよびアルコールドメインを含む両親媒性ポリマー)を使用した。一方で、99%PVAはアセテートドメインがない。HSCはどちらの培地でも増殖したが、99%PVAの方は1/5であった。しかし28日培養後1x10^4個細胞競合移植の結果はどちらも一定以上の高いキメリズムを呈した。

 

安価だがGMPと互換性のあるアルブミン代用として、PVAは効果的である可能性がある。我々は、ヒト臍帯血由来CD34+ HSPC培養が血清アルブミンの代わりにPVAを用いて可能であることを確認した。しかし、ヒトCD34+CD38-CD90+CD49f+ HSCsの培養においては87%PVAも99%PVAも同様の増殖を確認できたことから、ヒトHSC増殖では両親培性PVAはマウスほど感受性がなかったと考えられる。

 

これらの結果から、最適なマウスHSC培養条件を、100 ng / ml TPO、10 ng / ml SCF、87%PVAをフィブロネクチン存在下で用いることとした。この条件下で、50個のCD150+CD34-KSL HSCが28日間で8000倍に増加した。(移植成績も良かった。)HSC frequencyについて見てみると、採取直後CD150+CD34-KSL populationの中に1:3.8の頻度で存在しているのに対し、28日培養後では1:34.3の頻度で存在していることがわかり、50個のCD150+CD34-KSLを28日培養すると、1.2x10^4個の機能的HSCが存在していることが分かった。

→最初に採取した50個のCD150+CD34-KSLのうち…

 50個全てが機能的HSCだとしたら…28日間で236倍(≒1.2x10^4)

 1:3.8の割合(13個)でしか機能的HSCがなかったとしたら…28日間で899倍

 (≒1.2x10^4)に増殖している!!

 

さらに二次移植を実施した結果、150個に1個の細胞が連続移植に耐えうる長期HSCであったと結論づけた。

→最初に採取した50個のCD150+CD34-KSLのうち…

 50個全てが機能的HSCだとしたら…長期HSCは54倍

 1:3.8の割合(13個)でしか機能的HSCがなかったとしたら…長期HSCは204倍

 に増殖している!!

 

二次移植の際にも老化マーカーの増殖はなく、Trp53の変異はなかった。老化関連βガラクトシダーゼも陰性のままであった。また生着したHSCは正常核型であった。また長期培養中も表現型は安定であった。HSC培養はより長期に続けることもできる。

→50個の細胞からスタートし、57日まで培養すると、KSLの表現型を維持したまま、あるいは機能的HSC活性を維持したまま7.3 × 10^6個まで増殖した。

 

マウス骨髄HSCは表面マーカーを元にHSC割合を上げることがげきるが、精製されたCD150+CD34−KSL細胞を単独で移植をする実験を行うと、機能的に不均一性が見られる。これと一致して、単一のHSCを培養増殖するとかなりの多様性が見られた(多く増殖するものとあまり増殖しないものが見られた)。一部細胞は100細胞未満にしか増殖しなかったのに対し、また一部は5x10^5個にまで増殖した。→5x10^5個に増殖したものを移植に使ってみる。

1個のCD150+CD34−KSL細胞を28日間培養

→これを5等分し5匹の致死量放射線照射後マウスに移植(5x10^5個のCompetitor cellとともに)(28日間で5x10^5個に増殖するため1匹当たり1x10^5個の細胞を移植することになる)

→5匹とも一定レベル以上のキメリズム(10-25%)であり多分化能も確認できた。

最も多く増殖した細胞は元の細胞が50個や100個から増殖したときと同じ程度まで増殖→細胞表面積は培養高率に関与するかもしれない。

 

通常、移植の際にはドナーHSCが入り込むスペースを作るため放射線照射が行われる。これを行うことなく移植するのは、可能ではあるものの、非常に多くのHSC数が必要になるため現実には実現不可能である。しかし、我々は、50個のSHCを28日間培養し移植することで、放射線照射をすることなく、免疫正常マウスへの移植・生着を達成することができた。このモデルは先天性免疫不全モデルマウスであるNOD/SCIDマウスの生着にも利用可能。多系統分化能は全てのレシピエントで確認できた。

 

要約すると我々は、アルブミンフリーで機能的HSCを増殖できる培養システムを開発した。これはHSC研究に広く応用できる可能性がある。我々は20年以上にわたり高純度のHSC単離することはできつつも体外増殖はdけいずにいた。我々の実験結果は、既存の培養成分が最適な培養条件でなく、培地の不純物などと相まって、体外増殖の障壁となっていたことを示唆している。