こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

HSCは生涯に5回しか分裂しない

造血幹細胞(HSC)の細胞分裂周期に関する論文。

 

Wilson A, Laurenti E, Oser G, van der Wath RC, Blanco-Bose W, Jaworski M, Offner S, Dunant CF, Eshkind L, Bockamp E, Lió P, Macdonald HR, Trumpp A.

Hematopoietic stem cells reversibly switch from dormancy to self-renewal during homeostasis and repair.

Cell. 2008 Dec 12;135(6):1118-29.

 

Introduction

  • HSCの多くは定常状態では静止期にあると一般的にはされている。
  • このため5-FUなどの抗がん剤に抵抗性があると考えられている(抗がん剤は一般的に、悪性腫瘍細胞のように細胞周期が早く回っている細胞に奏功しやすいとされている)。
  • しかし5-bromo-2-deoxyuridine (BrdU)を用いた細胞周期解析実験では長期に静止期にあるHSCの存在は疑問視されている。
    →HSCの分裂周期は17.8 and 30 daysの間であり、57日ごとにHSCプールサイズは入れ替わるという既報あり。
    →ずっと休眠状態にあるHSCは本当に存在する?
  • 筆者らはdormant HSC (d-HSC) の存在を同定→これらは生涯に5回しか分裂しない。
    (ただしG-CSF刺激や骨髄が障害を受けたときなどは迅速かつ効率的に字活性化)

Results

  • マウスCD34negLSKCD150+48−集団をHSCとみなしている。
  • HSCでは約70%ほどがG0期なのに対し、MPP(骨髄前駆細胞)1では39%に減少。
  • この方法ではまれに分裂する細胞と休眠細胞を正確に区別できない。
    →BrdUを用いてin vivoでDNAを標識し長期に追跡する。
  • マウスにBrdU腹腔内注射+飲水投与(13日間)→その後最大306日間の追跡w実施。
  • HSC以外の細胞は約70日でBrdUは検出できなくなる。一方でHSCは70~200日の間にもBrdU label-retaining cells (LRCBrdU)が20%以上存在している。
  • 306日後以降も最大5%のLRCが存在
    long-term dormant subpopulation長期に休眠している集団がHSCの中にいるのでは?
  • HSCが単一細胞集団だとして数理モデル解析をしてみる
    →フィットしない。
    →2集団だとするとフィットする。
    集団①: dormant HSC(d-HSC) 15% 稀にしか分裂しない 145日ごとに分裂
    集団②: activated HSC(a-HSC) 85% 頻繁に分裂する 36日ごとに分裂
    →①の方はC57/BL6マウスの生涯の中で5回しか分裂しない。
  • d-HSCの機能を解析してみる。
    BrdU解析のためにはマウスを殺さなければならないので、テトラサイクリン投与下でH2B-GFPを発現するトランスジェニックマウスを作成。
    →BrdUとH2Bは同等に扱えると確認。
  • なぜこのようなことが起きる?→1つの仮説
    不死鎖仮説: 非対称分裂が起き、あえて古い母DNAが残される。
    →つまり標識された母細胞が分裂するとき、それが50:50に娘細胞に分配されるのではなく100:0に分配される。
    →これがHSCでも起きているとすると、分裂しもH2BやBrdUは保持されるので、細胞周期が長くなったように見える。
    しかしもしこのせいでH2BやBrdUが細胞内に長期間滞留していると考えるとするならば、染色体だけでなくヒストンも非対称に分配されなければならず考えにくい。
    この非対称分配が起きるという証明ができない以上、これは休眠状態によるものと考えるのが妥当。
  • 実際、LRCの大半はG0期にある→つまり休眠状態にあり、分裂期にはない。
  • 次にd-HSCは長期的自己複製力を持っているのかを検証。
    もっている!一次移植成績も二次移植成績もLRCの方がよい。
  • 休眠中HSCは、G-CSFや5-FU、BrdUなどの生涯シグナルによって活性化される可能性がある。

 

※補足:「不死鎖仮説」

1975年にJ Cairnsは、成体幹細胞における突然変異の蓄積を最小限にする仕組みとして、「不死鎖」(immortal strand)仮説を提唱した。これは、「古い」DNAを含む染色体を選択的に保持することで達成され、放射性標識またはブロモデオキシウリジン(BrdU)などのヌクレオチド類似体で標識したDNA鎖を分析することで明らかにできる。今回、現在進行中のこの議論にかかわる新たな研究が発表された。Kielたちは、不死鎖モデルは造血幹細胞には当てはまらず、幹細胞に一般的にみられる特性ではないことを明らかにした。造血幹細胞は、BrdU標識の保持に基づいて同定することはできず、つまり、分裂に際して古い方のDNAを保持してはいないのである。

出典: Nature「細胞:不死鎖といってもそう不死でもない?」