こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

【文献紹介】ショウジョウバエにおける造血幹細胞

今回はeLIFEという雑誌の記事の紹介です。

 

臨床では、学術論文を解説する臨床医のブログは多々ありますが、基礎医学分野では少ないです。最終的にはそれを目指したいと思いつつ、文献紹介を日々アップしていきます。

 

今回の文献は、虫の造血に関する論文とのことで面白そうだと上司から紹介され、読んでみました。

 

ところで、このeLIFEという雑誌はそこそこhigh impact factorのようなのですが(2017年 7.616)、著者と編集者のやり取りが全て公開されるようです。掲載ページスクロールしてくと、dicision letterやそれに対するauthorの回答など全て見られるようになっています。面白いですが、自分ならあまり公開してほしくないような気がします…

 

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Dpp dependent Hematopoietic stem cells give rise to Hh dependent blood progenitors in larval lymph gland of Drosophila

Nidhi Sharma Dey et al.

 

【要約】

ショウジョウバエの造血は、その階層、シグナル伝達分子いずれにおいても、脊椎動物と驚くほど似ている。それにもかかわらず、ショウジョウバエにおいて造血幹細胞(HSC)が存在するというエビデンスはこれまでなかった。ショウジョウバエの造血は、幼虫リンパ腺larval lymph glandにおいて、ヘッジホッグ依存性に行われており、これは無脊椎動物の発生においても重要な役割を果たしている。今回、系統追跡分析を用い、HSCを発現するNotchを初令幼虫のリンパ腺で同定した(※補足:ショウジョウバエ完全変態の昆虫であり、卵から孵化した初令幼虫が2回の脱皮をしてさなぎとなり、さなぎから成虫に羽化する。脱皮の各段階を2令幼虫、3令幼虫という)。我々の研究により、HSCを発現するNotchと、Domelessを発現する前駆細胞との間の関係を明らかにすることができた。これらのHSCは、その維持のために造血ニッチからのDecapentapelagic (Dpp)シグナルが必要である。これは脊椎動物の大動脈・生殖隆起・中腎(AGM)でのHSCと同様である。この研究は、種の分類を超えて保存されている機能の範囲を拡大するのみならず、AGM関連HSCに対するより深い洞察を得るために活用すべく新たなモデルを提示している。

 

【編集部要約】

ヒトなどの脊椎動物ショウジョウバエの造血幹細胞は多くの類似点があるため、ショウジョウバエをモデルとして脊椎動物の造血が研究される場合がある。

ショウジョウバエの幼虫は、脊椎動物のHSCに相当する「前駆細胞“progenitor” cells」からリンパ腺に新しい血液細胞を供給する。

前駆細胞の運命はニッチからのシグナルに依存しており、ショウジョウバエのHSC維持にはシグナル蛋白のヘッジホッグが必要である。(脊椎動物においてはBMPがこれに相当する)

・筆者らは、ハエ幼虫のリンパ腺内に脊椎動物のHSCのような振る舞いをする細胞群を発見し(ここから前駆細胞が起こる)、HSCと名付けた。

・またニッチ信号としてDppを用いることが分かった。

ショウジョウバエのHSCをモデルとして、脊椎動物での血液発達や血液疾患を解明することが次の課題である。

 

【導入】

ショウジョウバエは、幹細胞研究の素晴らしいin vivoモデルであり、特に造血メカニズムは注目を集めている。

ショウジョウバエの造血を担っている、幼虫器官のリンパ腺には、髄質部に多数の幹様前駆細胞があり、皮質部における分化に至る。

・また後部シグナルセンターPSCにより前駆細胞と分化血球のバランスが調整されている。

(※補足:発生中の3令幼虫のリンパ腺内は、髄質部、皮質部、後部シグナルセンター(posterior signaling center、PSC)部の3つの領域に分けられる。)

 

※既述部分と内容が重なるためintroductionの上記以降の部分は割愛。

 

【結果】

・成熟リンパ節には3つの部位がある; 分化血球(皮質部)、前駆細胞(髄質部)、ニッチ(PSC)。初令には、前駆細胞(髄質部)とニッチ(PSC)のみで構成されると考えられていた。

・今回の実験で、初令リンパ腺の心背側血管周囲にdomeless(=前血球マーカー)陰性かつSerpent(=汎血球マーカー)陽性細胞が新たに同定された。
→これまでわかっていたのとは異なるユニークな細胞集団。新しい血液細胞か?前駆血球マーカー陰性であることから血液創始細胞化も?→と考え、以降の実験へ。

・この新規細胞集団はNotchなどを発現している。

・Homothorax(Hthホモログ)やTrio(ユニークグアニンヌクレオチド交換因子)など、HSCと関連が深いマーカーがこの集団でいくつか見つかる。

・孵化後8時間ほどで観察され始めるも、孵化後22時間ではなくなってしまう→一時的にしか現れない細胞集団である。

・さらなる実験で、孵化後13時間で非同期分裂を始めることが分かった。

・Notch陽性細胞をラベルしてみる:孵化後16-18時間の間にN-Gal4によってG-TRACEコンストラクトを活性化→この一過性の活性化により3令リンパ腺のほとんどがラベルされる。→Notch陽性細胞は多能性!

・Notch陽性細胞とDome陽性細胞の階層関係は?

→実験の結果、Notch陽性細胞がDome陽性細胞になることが分かった。

・Notch発現細胞を初令の段階で除去してしまうと?→リンパ腺は1/5の大きさになってしまった。また前駆細胞も減少。

一過性Notch陽性細胞は多能性創始細胞?

・この初期段階で、HSCの維持に必要なシグナルを解析→PSCがHSC維持に必要な因子Dppを出している。

 

 【Discussion】

これまで脊椎動物のHSCに関しては研究が進んできたが、それ以外についてはよくわかっていなかった。今回の研究により、ショウジョウバエの造血に関する理解を深めるとともに、(脊椎動物と比較し)遺伝子操作が簡単なショウジョウバエにおいて、造血幹細胞を利用した治療実験に役立てるなど、今後の応用が期待される。