Stem Cell Report誌のMost readです。
文献紹介に入る前に背景の解説です。
造血幹細胞HSCの「冬眠=hibernation」という言葉が最初に使われたのは私の知る限りYamazaki et al.の2006年の論文↓
Yamazaki S, et al. Cytokine signals modulated via lipid rafts mimic niche signals and induce hibernation in hematopoietic stem cells. EMBO J. 2006 Aug 9;25(15):3515-23.
HSCが枯渇を防ぐため普段はそのほとんどが休止状態にあるが、なぜ休止状態が維持されるのかよくわかっていなかった。筆者らは線虫C. elegansの冬眠に関与するPI3K–Akt–FOXO経路がHSC休眠にも関与することが分かった。このように他の生物の冬眠と似通っている点があることから筆者らは休止状態のことを冬眠と表現している。
もう少し具体的に言うとサイトカイン刺激に反応して起こる細胞表面の脂質ラフトの凝集が細胞増殖やアポトーシス誘導に重要な役割を果たしており、さらにHSCニッチはこの脂質ラフト凝集を防ぐ効果があるためにHSCを細胞周期停止状態で維持できるということがわかった。この一連の過程にPI3K–Akt–FOXO経路が関与している。
筆者らは脂質ラフト凝集を阻害すれば試験管内でもHSC冬眠を再現できるとし、また冬眠によってもHSCの幹細胞は損なわれないと報告している。
その後の文献で筆者らは、TGF-β活性化が冬眠状態維持に重要であること、このTGF-β活性化を担っているのは神経細胞であるグリア細胞であることなどを発表している。
Yamazaki S, et al. Nonmyelinating Schwann cells maintain hematopoietic stem cell hibernation in the bone marrow niche. Cell. 2011 Nov 23;147(5):1146-58.
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で、今回紹介する文献↓
Oedekoven CA, et al.
Hematopoietic stem cells retain functional potential and molecular identity in hibernation cultures.
Stem Cell Reports. 2021 Apr 27:S2213-6711(21)00197-1.
- 過去の研究から、stem cell factor(SCF)とトロンボポエチン(TPO)がHSCの自己複製・増殖に必要であることはわかっていたが、維持するだけにも必要かは疑問視されていた。
→筆者らはまずこれを検証した。 - SCFなしでも7日間の培養で20-40%程度のLT-HSCは生き残ることができる。またそのほとんどは単一細胞状態(分裂しない)。
→最小サイトカイン状態で生きる「冬眠」に近い状態では? - SCFとTPOなしで冬眠状態で培養したHSCをマウスに移植すると…冬眠させていないHSCと成績はほぼ変わらず。つまり冬眠させても再増殖能は維持される。
- 特にCD150+のLT-HSCは生存率高い。
- 冬眠中でも、レンチウイルスによる形質導入が可能。
- 冬眠後HSCとFreshHSCは分子機構も似ている。
- ヒトHSCでもやはり単一細胞で7日間保持。
- 冬眠状態のまま培養できることにって様々な実験に応用可能。また冬眠中もウイルスによる形質導入が可能であったことから、冬眠中に遺伝子組み換えを行うなどの技術も発達するかもしれない。