こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

Senolytic drug~BETファミリータンパク質阻害剤

2020年に日本人が発表したsenolytic drugを紹介していきます。

他の記事はこちら↓

Senolytic drug~ペプチドワクチンによる老化細胞除去 - こりんの基礎医学研究日記

Senolytic drug~GLS1阻害剤による老化細胞除去 - こりんの基礎医学研究日記

 

 

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細胞老化 Senescence とは

哺乳類の正常細胞を試験管内でしばらく培養すると、ある一定回数分裂したところで恒久的に分裂は停止する。しかし細胞は死滅することなく生き続け、生存状態を維持する。これはLeonard Hayflick博士によって半世紀前に発見され、細胞老化 Senescenceと名付けられた。

 

近年、これらの老化した細胞は、炎症性サイトカイン、ケモカイン、細胞外マトリックス分解酵素などの分泌物を出し、周囲の細胞に影響を与え炎症や発がんなどを促すSASP(Senescence-associated secretory phenotype)という細胞老化に特異的な現象を引き起こすことが分かり注目されている。

 

この老化細胞を除去する(老化細胞特異的に細胞死を誘導する)治療薬Senolyticsを用いることで発がんが抑止され、寿命を延ばせるのではないかという研究が進んでいる。これがsenolytic drugである。

 

これに関連した過去記事↓

To stay young, kill zombie cells<老化細胞除去によって若返り> - こりんの基礎医学研究日記

免疫と老化の関連 - こりんの基礎医学研究日記

【文献紹介】細胞老化を利用した肝臓がん治療 - こりんの基礎医学研究日記

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Wakita, M., Takahashi, A., Sano, O. et al. 

A BET family protein degrader provokes senolysis by targeting NHEJ and autophagy in senescent cells. 

Nat Commun 11, 1935 (2020). https://doi.org/10.1038/s41467-020-15719-6

 

(SenescenceやSASPに関する概説はすでに上記でしているので割愛)

  • 現在発表されているsenolytic drugはいくつかの問題があり臨床応用は難しい。
    ・ABT263:肺小細胞がん治療薬。血小板減少や好中球減少の副作用あり。
    ・ダサチニブ+ケルセチン:高い特異性を持ったsenolytic drugだが作用機序不明。
  • 本論文では、bromodomain and extra-terminal domain (BET)ファミリータンパク質阻害剤(BETi)を有望なsenolytic drugとして同定した。
  • BETファミリータンパク質の1つであるBRD4阻害によって、強力な老化細胞除去が実現可能。
  • BRD4阻害により
    ①DNA修復法の1つ非相同末端結合(ひそうどうまったんけつごう、non-homologous end joining (​NHEJ))が減衰する。
    ②オートファジー遺伝子発現がアップレギュレートする。
    の2つの反応により老化細胞除去につながる。
  • これにより肥満マウスの肝細胞がん発生率が減少。
  • 免疫不全マウスにおけるxenograft tumoursへの化学療法効果がアップ。
  • 老化細胞制御の可能性を開く!!

 

※BETファミリータンパク質

クロマチン関連タンパク質の一種。ヒトの核内に存在する一部のタンパク質に共通して含まれるブロモドメインと余剰末端(Bromodomain and Extra-Terminal)を持つ一連のタンパク質。ヒトでは4種類(BRD2、BRD3、BRD4、BRDT)が知られ、腫瘍促進遺伝子の発現調節に関与することから、NUT中線がん(NMC)や急性骨髄性白血病(AML)をはじめとする多くのがんの治療標的と見なされている。

出典:理化学研究所 「がんエピゲノム」を検出する新手法
-がん治療薬のエピジェネティクス制御効果が判定可能に-