こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

To stay young, kill zombie cells<老化細胞除去によって若返り>

Natureの記事の紹介です。

 

www.nature.com

 

以下の日経サイエンスの記事も関連しているため、その内容も織り交ぜます。

http://www.nikkei-science.com/?p=31987

 

 

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1999年、メイヨークリニックの研究者であるJan van Deursenらは、染色体損傷が発がんにつながるかを調べるため、がん抑制遺伝子であるp16をノックアウトしたマウスを作製し観察を行った。しかし意外にも特に腫瘍ができやすくなるわけではなく、代わりに、様々な奇妙な徴候が見られた。白内障を発症し、筋肉が衰え、皮下脂肪が急激に減少し、背骨が曲がりラクダのようになり、若くして死亡するマウスも見られた。なぜこのような減少が起こるのか、当初は不明であった。

 

その後、2002年に老化が通常よりも早く進むマウスに関する論文を発見し、先述のマウスは早くに老化が進んでいたのだということに気付いた。マウスの細胞は"cellular senescence=細胞老化"という状況に陥っていたということが分かった。細胞はこのこの状態になると、分裂能を失い、各組織の異常が起こると推定された。

 

次に彼らは、この老化細胞を除去する機構を備えたマウスを作製したところ、老化を遅らせることが分かった。2016年には、p16 Ink4a陽性老化細胞を除去することができるAP20187(AP)を投与することで、p16ノックアウトマウスのみならず、通常のマウスにおいても、自然に発生するp16陽性老化細胞を除去し寿命延長につながることを発表した。

Baker, D., Wijshake, T., Tchkonia, T. et al. Clearance of p16Ink4a-positive senescent cells delays ageing-associated disorders. Nature 479, 232–236 (2011).

Baker, D., Childs, B., Durik, M. et al. Naturally occurring p16Ink4a-positive cells shorten healthy lifespan. Nature 530, 184–189 (2016).

 

この発表によって50年以上前に提唱され議論を呼んでいた「細胞が分裂能を失うことが身体の老化を引き起こす」という説が復活した。「老化細胞除去によって新しい組織生成を惹起することができる」とジョンズホプキンス大学のJennifer Elisseeffは言う。

 

既に人に応用すべくメイヨークリニックでは小規模な臨床試験が行われているが、マウスほど芳しい結果はまだ出ていない。

 

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【細胞老化】

発達の過程で細胞が何らかのダメージを受ける

→細胞老化状態へ

→分裂しなくなる

→サイトカインなどを放出

→免疫細胞によってこの老化細胞がと入り除かれる

→しかし老化細胞形成がたくさんおこると取り除ききれなくなり蓄積してしまう

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「老化」という言葉は1961年に微生物学者Leonard HayflickとPaul Moorheadが

作り出した。その後も老化細胞の役割は明らかでなかった。多くの細胞はアポトーシスに至るのに対し、全ての体細胞は透過能を備えている。分裂・複製能を失いつつ代謝的には活性を保ったままで、いったい何のためにあるのか不明であった。

 

2000年代半ばまでに、老化細胞は損傷した細胞の成長を阻止し、腫瘍を抑制する作用があるのではないか、と理解されてきた。つまり分裂を止め、細胞の損傷が子孫に伝わらないようにするためである。

しかし、その後、老化細胞が蓄積することで老化に関連した疾患(変形性関節症、動脈硬化症、動脈硬化)につながることが分かってきた。

 

しかしそれでもなお、老化細胞の役割は十分に分かっているとは言えなかった。抗がん剤投与後に老化細胞ががん細胞へと戻り、増殖を繰り返すなど、「老化細胞は分裂しない」という特徴すら普遍的なものではなく、老化細胞に関して分かっていることはあまりに少なかった。老化細胞マーカーがないというのが、老化細胞の研究が進まない理由の1つであったが、イスラエルのグループが2017年に老化細胞マーカーを発見した。今後研究が進んでいくかもしれない。

 

(彼らのマーカーにより、若いマウスでは、特定の臓器の細胞の1%以下で老化が確認できたのに対して、2歳のマウスでは、細胞の最大20%が一部の臓器で老化していたということが報告された。)

 

また、アンチエイジング効果が期待できる、老化細胞除去薬の開発にKirklandらは励んだ。老化した細胞が、老化しつつも死なずに生き残ってしまうことに関連するシグナル伝達経路を解明し、2015年に最初の老化細胞除去薬ダサチニブを特定した。また同時に健康食品であるケルセチンと組み合わせることによって、マウスの様々な加齢性障害を抑制することに成功した。

 

このほかにも現在、14の老化細胞除去薬が文献に記載されているが、各薬剤が固有の疾患発症を抑制するのみにとどまっているとされており、つまり、変形性膝関節症を予防・治療するために薬剤Aを、黄斑変性症を予防・治療するためには薬剤Bを、といったように加齢に関連する様々な予防をターゲットにするにはいくつもの薬剤を投与しなければならず、今後はこの点をどのようにクリアするかが課題の1つとなる。

 

実際に使用するとなると、年1回など定期的に、変形性関節症の場合は膝関節などの病変組織に、加齢性黄斑変性症の場合は眼の裏側に化合物を直接注入するなどの計画が立てられてる。

 

またこのような老化除去薬は、既にある老化細胞を除去するのみであり、将来できる老化細胞発生を抑制することはないため、老化細胞による腫瘍抑制効果がなくなることはないとされている。しかし副作用についてはまだ検証が必要である。

 

近い将来、老化細胞除去薬投与によってアンチエイジングを行う時代が来るかもしれない…。