今日は臨床系の文献紹介です。簡単にいきます。
Endovascular Therapy for Stroke Due to Basilar-Artery Occlusion
May 20, 2021
N Engl J Med 2021; 384:1910-1920
DOI: 10.1056/NEJMoa2030297
なぜこの文献が目に留まったかについて、脳卒中に対する血管内治療の歴史の解説も軽く交えつつ説明していきます。
前置きはいいからすぐに結果知りたい方はこちら↓
私が前病院の脳卒中科をローテーションしていた2017年に日本の脳卒中治療ガイドラインの内容が改訂され(「追補2017」というものが発表された)、内頚動脈または中大脳動脈M1閉塞に対する発症6時間以内の血管内治療がGrade Aに格上げされたのです。
つまり、循環器領域と比べて10年も遅れているとされていた脳血管へのカテーテル治療の効果が認められつつあり、立ち位置がどんどん増している時期だったわけです。
これに乗って(?)2018年5月に私はヨーロッパの脳卒中学会でカテーテル治療に関する発表を行いました。
日本のガイドラインでは発症6時間以内が適応だけれどもそれを過ぎていてもカテーテル治療は効果的なのでは?という内容です。院内レビューの結果、発症8-24時間で血管内治療実施した患者の中で、退院3か月後のmRSが入院時mRSよりも1以上改善した患者が62%という結果でした。個人的には十分高い数値だと思います。
※mRS=modified Rankin Scale
脳卒中発症後の生活自立度の尺度のこと。脳卒中患者の予後評価の指標としてよく用いられる。
つまり、脳卒中の血管内治療にはいろいろ思い入れがあったわけです。
で、当時の適応をもう一度見てみますと、
「内頚動脈または中大脳動脈M1閉塞に対する発症6時間以内の血管内治療がGrade Aに格上げ」です。
つまり前方循環系だけが適応だったのです。脳底動脈の閉塞のように後方循環系の脳梗塞に対しては適応ではなかったのです。まだデータが不十分だったわけです。これは今後は適応になるのかな…などと当時なんとなく考えていました。
そこで出てきたのが今回の文献です。
Endovascular Therapy for Stroke Due to Basilar-Artery Occlusion
300人の患者を対象とした他施設open label RCT:発症6時間以内の脳底動脈閉塞による脳梗塞に対して、血管内治療群と標準治療群1:1に分けて3か月後のmRSや合併症率を評価したというものです。
その結果…
3か月後にmRSが改善:
血管内治療群154例中68 例(44.2%)vs 薬物治療群146 例中55 例(37.7%)
症候性頭蓋内出血:
血管内治療群4.5% vs 薬物治療群0.7%
90 日時点での死亡率:
血管内治療群38.3% vs 薬物治療群43.2%
以上、3項目すべて95%信頼区間は1をまたいでおり、有意差は出ませんでした。合併症率も一見大きく違いがあるように見えますが有意差はつかなかったようです。
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※個人的意見ですが、仮に症候性頭蓋内出血発生率に有意差がついたとしてもあまり大きな問題ではないように思います。
脳卒中科ローテート時に、カテーテル治療をきっかけとして脳出血が起きてしまう方は確かに一定割合いたのですが、脳出血といってもごく微量なものが多く、出血に対して特別な治療が必要な症例や、出血によって大きく予後が悪化してしまった症例はありませんでした。
事実、今回の試験でも、頭蓋内出血率発生率は血管内治療群で高いものの、90日後の死亡率やmRSはむしろ(有意ではないものの)血管内治療群の方がよいという結果です。「症候性」頭蓋内出血ですし、もちろん患者さんにとっては軽視すべきではない問題ではありますが、長い目で見た時の予後には大きな影響を与えないのでは?と個人的には思うので、「治療効果が同等で合併症率が高いなら血管内治療は必要ない!」と結論付けるのは早計すぎるように思います。
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考察では、信頼区間の幅が広く、「この試験の結果から血管内治療の相当な利益は否定されない」としておりさらなる大規模試験が必要だとしています。
これは私も同意します。サンプルサイズ計算はきちんとされているのですが、300人はやはりちょっと少ないかなという印象を受けますし、それは95%信頼区間の幅の広さにも表れています。文献を読めばいろいろlimitatioがあることも分かります。
思い入れ深い血管内治療にぜひ頑張ってほしい!という私情(?)まみれなわけですが、いつか後方循環系脳梗塞の治療としても有効性が認められる日が来てほしいです。
実際の文献はこちら↓