抄読会で扱った論文の解説。今回はコラムっぽい形式にしてみました。
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マウスは、様々なヒトの疾患のモデルとして古くから用いられてきた。
繁殖が簡単で短期間に増殖することができるなど、研究対象として扱いやすく、また見た目こそ大きく異なるが、遺伝子的にはヒトと似通った部分があるためである。
また遺伝子編集も行いやすく、糖尿病やがんなどをマウスに発症させ、ヒトの疾患治療に応用する、ということが行いやすい。
このため、「ヒト化マウス」が様々な工夫で古くから作られてきた。
そして造血分野でもそのような研究は行われてきたが、造血分野では難しかった。造血幹細胞が骨髄内で生き続けるにはニッチ=微小環境が必要不可欠であるが、ヒトの造血環境をマウスで再現することが難しかったのである。
これまでに最もヒトサイトカイン環境を再現できたのはMISTRGマウス(BRG(BALB/c Rag2nullIL2rγnull)マウスをベースとしてヒトのM-CSF、IL-3、SIRPα、TPO、GM-CSF遺伝子をノックインしたマウス)である。
しかしこれでもヒト造血環境の再現は難しく、多少は生着したヒト造血幹細胞から末梢血を得られたが、赤血球に関しては、肝臓で破壊されてしまい抹消にはほとんど出てこない状態であった。
つまり、ヒト末梢血をマウス体内に循環させるというのは非常に困難であったのである。
これだと何が困るかというと、例えば鎌状赤血球症やマラリアなどといった、ヒト赤血球が障害されてしまう疾患の研究がマウスで困難だったのである。
ちなみにヒト環境をマウスで再現する別の方法としてヒト胎児組織をマウスに移植するという方法があり、移植されたマウスはBLTマウスなどと呼ばれる。ヒト胎児の骨髄(B)、肝臓(L)、胸腺(T)組織を移植したマウスということである。しかしこの方法は手間も時間もかかるという点が欠点。
そして今年(2021年)3月、Sicence誌にこれを克服しヒト赤血球が持続的に循環するマウスをFlavel研究室が発表した。
Song Y, et al.
Combined liver-cytokine humanization comes to the rescue of circulating human red blood cells.
Science. 2021 Mar 5;371(6533):1019-1025.
筆者らは、移植されたヒト赤血球がマウス肝臓で壊されてしまうのが問題だと考え、マウス肝臓をヒト胎児肝臓で置き換えることを考えた。
当初、先に挙げたMISTRGマウスにヒト胎児肝細胞を移植するもこれはうまくいかず。
MISTRGマウスのフマリルアセト酢酸加水分解酵素(Fumarylacetoacetate hydrolase: Fah)遺伝子をCRISPR/Cas9技術によりノックアウトし欠損させたマウスの肝細胞を、脾臓内に移植したヒト肝細胞で置き換えるという方法をとり、マウス肝臓をヒト化した。
→この方法により、赤血球破壊のシグナルとなるマウスの補体C3が消失し、マウスのクッパー細胞密度が低下した(ヒト化された)ことによってマウスに注射された赤血球生存率・生存時間が上昇することが分かった。
また、ヒト胎児肝細胞由来の造血幹細胞を移植して造血能を観察すると持続的に成熟赤血球生成が維持され抹消にも循環することが明らかとなった。
そして、彼らは最後に、このマウスを作ったもともとの目的である「鎌形赤血球症をマウス体内で再現できるか」という点を検証している。
遺伝子変異を持つ患者の骨髄細胞をマウスに移植したところ、ヒト型造血をマウス内で再現できると同時に5-7%程度の赤血球が鎌状になっていることが確認でき、血管閉塞を起こすなど鎌状赤血球症の病態を再現できていたとしている。
参考サイト:
ヒト赤血球が体内を循環するモデルマウス登場 : crisp_bio