本ブログで何度も言及している通り、造血幹細胞(HSC)は白血病などの治療に必要不可欠なのですが、1人のヒトがとれる数が少ない上にその機能(自己複製能と多分化能)を維持したまま体外で保持することが困難なため、造血幹細胞移植をしたいがドナーが足りないという状態が長年続いていました。
これを解消するためにHSCを体外で長期培養できるようするなどいろいろな研究が行われ来たのですが、その中の1つの方法として、iPS細胞からのHSCを誘導するという方法があります。
しかし様々な研究者がこれを試みてきましたが、いずれも十分な成功率とは言えませんでした。というのもHSCに分化するのに必要な因子などが十分にわかっていなかったためです。仮にできたとしても、移植治療に使えるような、質の高いHSCではありませんでした。
今回は、iPS細胞からHSCを作る方法に関する文献のいくつかを紹介していきます。
- 1.テラトーマ形成を介した人工多能性幹細胞からの機能的な造血幹細胞の分化誘導
- 2.ヒトiPS細胞からの造血幹細胞・造血前駆細胞分化
- 3.MLL-AF4単独でのiPS細胞からの造血前駆細胞誘導
- 4.遺伝子導入なしでiPS細胞から造血幹細胞を作る
1.テラトーマ形成を介した人工多能性幹細胞からの機能的な造血幹細胞の分化誘導
Suzuki N, Yamazaki S, Yamaguchi T, et al. Generation of engraftable hematopoietic stem cells from induced pluripotent stem cells by way of teratoma formation. Mol Ther. 2013;21(7):1424-1431. doi:10.1038/mt.2013.71
- 筆者らは、上記の通り、HSC分化に必要な因子などが十分にわかっていないという課題を解決するために、テラトーマという良性腫瘍に注目した。
- iPS細胞をマウスに移植すると、移植した細胞に含まれる未分化な細胞を起源とする腫瘍(テラトーマ)ができてしまうことがあり、これがiPS細胞を用いた治療の障壁の1つとなっていた。→筆者らは逆にこれを利用。
- iPS細胞を用いてマウスにわざとテラトーマを作る。この過程でHSC維持に必要なサイトカインなどを投与し、HSCをテラトーマ内に誘導することに成功した。
- マウス由来のiPS細胞でもヒト由来iPS細胞でも成功。またこうしてできたHSCは移植にも利用可能である(HSC機能を発揮できる)ことが分かった。
- 上記の手法を応用して、例えば、白血病などの疾患の患者さんから、自身のHSCから作ったiPS細胞を用い、遺伝子改変をほどこし、改変した自分自身のHSCを移植することによって疾患治療が可能となる。(このような治療はマウスでは成功したと筆者らは報告している。)
※日本語での同文献解説ページ:
2.ヒトiPS細胞からの造血幹細胞・造血前駆細胞分化
Sugimura, R., Jha, D., Han, A. et al. Haematopoietic stem and progenitor cells from human pluripotent stem cells. Nature 545, 432–438 (2017).
- 筆者らは先行論文でヒトiPS細胞から造血性内皮細胞を分化させる方法について発表していた。
- その造血性内皮細胞にいくつかのHSCに特異的な転写因子を導入することでHSCを誘導する方法について報告した。
- 筆者らはスクリーニングによりERG、HOXA5、HOXA9、HOXA10、LCOR、RUNX1、SPI1の7つの因子が必要であることを突き止めた。
- 造血性内皮細胞にこの7つの転写因子をレンチウイルスベクターを用いて発現させ、マウスに移植したところ、造血幹細胞が分化した。
- 宿主マウスにおいて赤血球、好中球、B細胞、T細胞が確認できた。
- しかし分化させた細胞と、真の造血幹細胞の間にはまだ分子的・異能的な差異がある→今後の研究が待たれる。
※日本語での同文献ページ:
ヒトの多能性幹細胞からの造血幹細胞および造血前駆細胞の分化 : ライフサイエンス 新着論文レビュー
3.MLL-AF4単独でのiPS細胞からの造血前駆細胞誘導
Tan YT, Ye L, Xie F, et al. Respecifying human iPSC-derived blood cells into highly engraftable hematopoietic stem and progenitor cells with a single factor. Proc Natl Acad Sci U S A. 2018;115(9):2180-2185.
これを解説した記事がこちら↓
Zeisig BB, So CWE. MLL-AF4, a double-edged sword for iPSC respecification into HSPCs. Proc Natl Acad Sci U S A. 2018 Feb 27;115(9):1964-1966.
解説記事に上に挙げたSugimura et al.の報告との比較もあり。
- Tan et al.の方法では上図でも述べられている通り、単一の転写因子MLL-AF4(oncogene)を発現させることによって、Sugimura et al.の方法のと異なり中間状態を経ることなく造血幹細胞を得ることが可能だと報告した。キメリズムもSugimura et al.の報告より高く20%程度。
- またSugimura et al.と異なり遺伝子挿入を介さない(integration-free)方法である点もポイントである。(プラスミドを用いている。)
※iPS誘導のためにレトロウイルスベクターやレンチウイルスベクターを用い、宿主ゲノムを書き換える方法(書き換えることによって目的遺伝子を過剰発現させる)だと、宿主ゲノムを気づつけることによって潜在的な腫瘍形成リスクが生まれ、臨床応用の際に問題となる。 - しかし、上記解説記事では単一因子での誘導や高いキメリズムなどを評価している一方で、長期生着の中で白血病形質転換の可能性がオリジナルの造血前駆細胞と比較して高いことを問題点として指摘しており、"a double-edged sword(諸刃の剣)"と称している。
4.遺伝子導入なしでiPS細胞から造血幹細胞を作る
Laurence Guyonneau-Harmand, et al. Transgene-free hematopoietic stem and progenitor cells from human induced pluripotent stem cells. bioRxiv - Cell Biology 2017
- 上記2.3.で挙げた方法はどちらも遺伝子の操作を行っているが、この方法は遺伝子導入を用いず、サイトカインでiPS細胞を培養するだけで造血幹細胞を誘導するという非常にシンプルな方法を提示している。
- キメリズムは1次移植で5‐20%、2次移植でも同じくらい。 (2.3.で示した文献の方法では2次移植でここまで効率のよいキメリズムは得られず。)
- これまでの方法で問題となっていた白血病転換もおきないはず(遺伝子導入を行っていないから)。
→かなりいい方法かも!?