こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

麻疹ウイルスが中枢神経に感染するメカニズム

大学院講義のメモ。

 

亜急性硬化性全脳炎(あきゅうせいこうかせいぜんのうえん、subacute sclerosing panencephalitis; SSPE)とは、ヒトに発症する遅発性ウイルス感染症の1種で、致死性の感染症である。

亜急性硬化性全脳炎は、よく見られるウイルスによる急性の感染症と比べて、発症までにだいぶ時間がかかる。亜急性と付くのは、そのためである。具体的には、麻疹ウイルスが感染し麻疹になったあと、ウイルスが中枢神経系へと潜伏した後に変異を起こして、SSPEウイルス(SSPEは亜急性硬化性全脳炎の英語名の頭文字)となって、それがに持続感染することで、亜急性硬化性全脳炎が発生する。

様々な治療が試みられてきたものの、2020年現在においても延命治療が可能なだけで、根治法は存在しない。したがって、亜急性硬化性全脳炎を発症した場合、その患者は死亡する。

出典:Wikipedia

 

(麻疹ウイルスが含まれる)パラミクソウイルスは、エンベロープ上に受容体結合蛋白質(麻疹ウイルスでは H 蛋白質、ムンプスウイルスでは HN蛋白質)と融合蛋白質(fusion protein、F 蛋白質)の 2 つの糖蛋白質を持っており、これらが細胞表面での膜融合と細胞侵入に関わっている。

出典:「ウイルスによる膜融合と細胞侵入の分子基盤」柳 雄介 九州大学 大学院医学研究院 ウイルス学分野

 

  • SSPEは麻疹感染の重篤な合併症の1つであるが、なぜ中枢神経に麻疹ウイルスが感染するかわかっていなかった。
  • 麻疹ウイルスは 免疫細胞などに発現しているSLAM(CD150)を受容体として感染することはわかっていた。(免疫細胞表面上のSLAMと麻疹ウイルスエンベロープ上のHタンパク質が結合することで感染がおこる)
    →しかしこのSLAMは中枢神経には発現していない。なぜSSPEは起きてしまう?
  • SSPE を起こす麻疹ウイルスのF蛋白質の構造が、変異により構造が不安定化することによって膜融合能が亢進、中枢神経に感染できるようになるということを日本の九州大学のグループが発表。
  • 変異によってウイルスの一部の構造が変化し、活性化エネルギーが低くなることによってタンパク質の構造が変わり、中枢神経に感染可能な形になる。
    一方で阻害剤によって同部位を阻害することによって活性化エネルギーが高くなり、構造が変わりにくくなり、中枢神経感染がおこりにくくなることなどを同じ九州大学のグループが発表。

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赤で囲んだ部分が変異によって構造が変わる部分であり、また阻害剤が結合する部分でもある。

 

詳細は以下の論文↓ 図も以下の論文から引用。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5877970/

Hashiguchi T, Fukuda Y, Matsuoka R, et al. Structures of the prefusion form of measles virus fusion protein in complex with inhibitors. Proc Natl Acad Sci U S A. 2018;115(10):2496-2501. doi:10.1073/pnas.1718957115