少し前に抄読会で扱った論文です。
癌細胞が体内の他の場所に転移するには、まず転移先の環境が整っていなければならないとされており、今回はこれを乳がん細胞を用いて証明しようとしたものです。転移性癌細胞が細胞透過性タンパク質を放出し、まず転移が起きやすい土壌を作ってから、実際に転移が起きているのではないかとしています。
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- Article
- Published:
Metastatic-niche labelling reveals parenchymal cells with stem features
Luigi Ombrato et al.
Nature volume 572, pages603–608 (2019)
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【背景】
・癌細胞の振る舞いは周囲の環境= tumour microenvironment (TME)の影響を多大に受ける。癌細胞のみならず、間質細胞や血管内細胞、炎症細胞にも影響を与える。
・癌転移の早期において、癌細胞は転移に適した環境 metastatic nicheを作り転移に備えるとされているが、その機序は(特にごく早期においては)明らかでない。
・今回我々は肺における乳がん細胞の振る舞いを通じ、その機序を明らかにすることを試みる。
【mCherryを用いたラべリングシステム】
・脂質透過性転写活性化因(TATk)ペプチドを含む分泌蛍光mCherry蛋白=sLP–mCherryを作成。
・このsLP–mCherryとGFPを共発現する乳がん細胞= labelling-4T1 cellsを設計。
・このlabelling-4T1 cellsとラベルされていない別の細胞を共培養すると、そのラベルされていない細胞にもmCherryが取り込まれ、蛍光を発するようになる(半減期43時間)。In vivoでもIn vitroでも可能。
・例えばマウスにこのlabelling-4T1 cells(GFP + mCherry +)を静注→肺転移を誘発させる。
肺細胞をFACS解析すると、
①labelling-4T1 cells(GFP + mCherry +)
②Niche cells=癌細胞に近接したhost cells(GFP-mCherry +)
③遠位肺細胞(GFP-mCherry-)
を識別できる。
・labelling-4T1 cellsをマウスに静注→Day5(early)とDay10(late)の2点において、胚の細胞のうち、mCherry+ cellsとmCherry- cellsの特徴を比較。
・いずれのフェーズでも腫瘍促進因子がmCherry+ cellsで多く発現(乳がん遺伝子として作用するとされているWNT1誘導タンパク質(WISP1)などを含む)。
・肺胞Ⅱ型細胞でmCherry+細胞が見つかり、また上皮細胞接着マーカーEPCAMを発現するmCherry細胞が検出されるなど、mCherry+細胞の中に肺実質に由来する細胞があることが示唆された。
・mCherry+の上皮細胞は正常肺細胞と比較しKi67染色細胞が有意に多い→高い増殖活性
・GFP+癌細胞と肺上皮細胞を共培養→癌細胞単独で培養するよりも癌細胞増殖が促進される。
・ニッチ内の肺上皮細胞が脱分化し、肺転移のための反応が起こる可能性がある。
・EPCAM+細胞は通常多くが肺胞となるが、mCherry+ EPCAM+細胞は多くが気管支細胞となる。
・mCherry+細胞は高い自己複製能あり。
・mCherry+とEPCAM+細胞、癌細胞を共培養→気管支・細気管支へ分化する細胞が増加。
【Discussion】
・今回のラべリングシステムで癌細胞を取り巻く環境の分析が可能となる。
・転移微小環境内にはAT2由来の肺上皮細胞成分があり、我々はこれをCAP=cancer-associated parenchymal cellsと定義することとする。
・実質細胞は、全身性の腫瘍シグナルに対して組織的な発現性炎症反応を起こすとされている。今回これに加えて肺実質の再生のような活性化が乳がん転移の過程で起こることが分かった(肺細胞が脱分化する)。
→これはtumour-niche formationにおいて主要な役割を担っている可能性がある。