こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

レンチウイルスベクターによる遺伝子治療を用いたAkp2ノックアウト/低ホスファターゼ症マウス治療

再び文献紹介です。最近読んだHPP関連の文献です。

 

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. 2011 Jan; 26(1): 135–142.
Published online 2010 Aug 4. doi: 10.1002/jbmr.201
PMCID: PMC3179312PMID: 20687159

Prolonged Survival and Phenotypic Correction of Akp2−/−Hypophosphatasia Mice by Lentiviral Gene Therapy

 
【要約】
低ホスファターゼ症(HPP)は、組織非特異的アルカリホスファターゼ(TNALP)をコードする遺伝子に変異が起きて生じる全身性疾患である。その重症度は多岐にわたるが、骨軟化症、くる病様の症状を呈する。この疾患のモデルマウスとして、TNALPノックアウト(Alp2-/-)マウスが存在し、正常外観で生まれるものの、成長不全や骨形成不全、てんかん発作などにより約20日間で死亡する。今回の研究では、骨を標的としたTNALPを発現させたレンチウイルスベクターを新生児マウス頸静脈に注射することによって同疾患を治療するという方法を報告する。この処置を行ったAkp2-/-マウスは、血漿中アルカリホスファターゼ(ALP)活性が上昇し、生涯持続するということが分かった。治療後Akp2-/-マウスは、正常な外観と運動能力を有し10か月間生存することが分かった。またてんかん発作は一切起きず、骨格X線検査でも骨石灰化の完璧な改善を確認した。未治療では非常に予後不良であるTNALP KOマウスを、新生児期の単回レンチウイルスベクター注射によって治療でき得ることが分かった。
 
【導入】
HPPは遺伝性骨格疾患であり、酵素TNALPの遺伝子変異によって起きる。HPPの重症度や症状は多岐にわたるが、重症型である新生児型は、6か月以内に成長不全が見られ始め、致死的となり得る。
TNALPは細胞膜(plasm membrane=形質膜)の外葉にGIPアンカーを介して付着している酵素である。
 
(補足:細胞膜は、通常脂質とタンパク質にて構成されているが、脂質は内葉・外葉の二重構造になっており=脂質二重層、この脂質の合間にタンパク質が組み込まれているような構造にになっている。GPI=グリコシルホスファチジルイノシトール(glycosylphosphatidylinositol)は、「翻訳後修飾によってタンパク質のC末端に取り付けられる糖脂質」(Wikipediaより引用)であり、酵素、受容体、免疫系タンパク質などをつなぎとめている。)
 
酵素TNALPの機能が失われると、無機ピロリン酸(PPi)やピリドキサール5’リン酸(PLP)の蓄積を招いてしまい、例えばPPi蓄積は、ヒドロキシアパタイト結晶の成長・全身の骨や歯の正常な石灰化を阻害につながり、PLP蓄積は、けいれん発作を引き起こす。酵素補充療法(ERT)をはじめとした様々な治療が試みられているが、十分な成果は得られていない。
 
HPPの疾患モデルマウスとして使用されるTNALP KOマウスは、正常外観で出生するもののPPi蓄積やPLPの異常代謝により、重度の骨格石灰化不全、けいれん発作などにより生後20日ほどで死亡する。Millanらは、このマウスに、骨標的型TNALPを連日皮下注射することで治療する方法を示し、これに基づき、ヒトでも酵素補充療法がおこなわれるようになった。しかし酵素半減期の問題で、大量の酵素を繰り返し注射する必要があった。
 
今回は、HPPのウイルスベクターを介した遺伝子治療の方法を示す。これにより長期に血清ALP値を高く保つことができる可能性がある。
 
【方法】
・レンチウイルスベクター
293T細胞にトランスフェクション行い、Benzonazeにて室温1時間処理した後に0.45μmフィルターを用いて回収(1N NaOHでpH8.0へと調整した後に)
HPPの疾患モデルマウスとしてを用いて濃縮し、20%(w/v)スクロースアンダーレイで超遠心分離し、タイターをHeLa細胞で測定した。
 
・動物
Wild-type (WT) Akp2+/−ヘテロ接合(HET)とAkp2−/− knockout (HPP)マウスは、Akp2 +/-ヘテロ接合マウスと129J × C57Bl/6Jマウスを掛け合わせることで得た。Lentiviral vector (5.0 × 107 TU/100 µL in PBS)を新生児マウスDay1-3の頸静脈に注射した。
 
・ALP活性
ALP活性は、尾静脈または眼窩からの採血検体より検査。Colorimetric assayを用いて検査され、U / mLとして計算された。
 
・その他
レンチウイルス分布は、マウス各臓器をホモジェネート後、DNAを抽出し、リアルタイムPCRを行り、レンチウイルスベクタープロウイルスを検出した。
デジタルマイクロラジオグラフィー画像は、μFX-1000を使用して取得し、FLA-7000で撮像。 X線エネルギーレベルは25 kVおよび100 µAで、15日齢のマウスでは90秒の曝露時間を、成体マウスでは15秒の曝露時間を使用。特定の年齢の各グループから最低3つのX線写真を調べた。
骨サンプルを緩衝ホルマリンで4℃24時間固定し、10%EDTAで4℃でrotationさせながら2-3日で脱灰した。その後染色を行った。
 
【結果】
・Akp-/-マウスは出生時は正常だが徐々に成長不全(体重増加不良)が見られるようになり、またけいれん発作や異常な走行・鳴き声などが見られた。
・平均生存期間は12.0 ± 4.4 days (n = 13)。けいれんが見られると1-2日以内に死亡する。
ピリドキシンを餌で補充(母親の餌)するとけいれん発作発症を遅らせることができ、生存期間を延長させられる。day 18.1 ± 7.6 (n = 15)
・治療後マウスの体重増加、成長率はWTと区別がつかない程度まで改善。
・未治療マウスが20日程度で死亡するのに対し、治療後マウスの生存期間は観察期間いっぱいの160日程度まで大きく延長。(1匹は生後6日目に死亡;原因不明)
・3匹をX線解析用に160日で安楽死させたが残り三匹は400日以上生存。
・けいれんは一度も観察されず。
・体重:オス・メスともに60日と160日で治療後マウスとWTマウスで有意差あり(30日以下では有意差なし)。
・ALP activity in the plasma
 WT, HET: 0.25 ± 0.07 U/mL (n = 9) and 0.16 ± 0.05 U/mL (n = 21)
  HPP mice: 0.1 U/mL (n = 5; Fig. 1E)以下
 治療後マウス: 2.67 ± 0.56 U/mL
WTやHETは加齢に伴いALPは低下するが、治療後マウスは減少なし。60日時点ではWT, HETマウスの73倍。
・体内分布: qPCRを用いてvector copy数をチェック…肝臓、脾臓、腎臓の順に多く分布。
X線解析: 未治療マウスで明らかな石灰化不全が見られるも治療後マウスでは、100日時点の石灰化・骨格発達でWTマウスと違いは見られなかった。
・組織解析: アゾ色素法にて骨粗組織中のALPを確認…未治療マウスではシグナルないが、治療後マウスではシグナルが確認できるように。
 
【考察】
・これまでHPPの治療として行われてきた酵素補充療法(ERT)の結果は芳しくない…ALP豊富な血清を常駐するとPaget病になるとの報告あり、しかも有意な臨床効果得られず。
・連日の高用量骨標的TNALP注射でマウスの生存期間延長の報告あり→現在すでにヒトで臨床試験開始。
・ERTの問題点は?→ALPは半減期短い(TNALP半減期は34時間、ただし骨組織中では300時間以上まで延長)。→繰り返しの注射が必要で侵襲的(特に小児)。
遺伝子治療の問題点は?→ウイルスベクターの安全性: 今回はHIV-1ベースレンチウイルスベクター使用(レンチウイルスは長期に安定した発現が可能)
★発癌に関しては?(ウイルスベクターを用いた治療では治療後の発癌は問題となる)
 -今回使用のベクターはインシュレーター要素含まれている。(発癌抑える)
 -これまでリンパ増殖性合併症はex vivo 造血幹細胞遺伝子治療でのみ観察。
 -発癌性は、さらなる(今回行った以上の)長期観察で検証する必要がある。
・治療によって生存期間延長とともにけいれん発作が完全に抑えられることも確認。
遺伝子治療成功のカギは?→ベクターに感染した肝臓からの継続的酵素補充(または骨芽細胞・軟骨細胞が直接トランスダクションされる→骨組織中のベクターコピー数は多臓器より少なく、この可能性は低い?)
・今回はX線検査のためにマウスを安楽死→今回の方b法では1匹のマウスの骨格構造を経時的に観察することができない。→マイクロCTがいいかも?
 
【結論】
HPPマウスを単会のレンチウイルスベクター注射治療できた。ヒトHPP治療にも応用できる可能性がある。