抄読会で扱った論文のメモです。
Hormaechea-Agulla D, Matatall KA, Le DT, Kain B, Long X, Kus P, Jaksik R, Challen GA, Kimmel M, King KY.
Chronic infection drives Dnmt3a-loss-of-function clonal hematopoiesis via IFNγ signaling.
Cell Stem Cell. 2021 Mar 16:S1934-5909(21)00108-9.
【背景】
Clonal hematopoiesis クローン性造血とは?
- 白血病などの血液悪性腫瘍に見られる遺伝子変異は、臨床症状が現れる数十年前、無症状の状態ですでに検出できる。
→このいわゆる前がん状態のことをClonal hematopoiesis of indeterminate potential (CHIP)と言う。 - 加齢に伴う体細胞変異を獲得した造血幹細胞(HSC)がクローン性に増加している (が、無症状であり何の病気でもない)。
- 65歳以上の健常人の約10%に見られるとされる。→頻繁に見られる!
クローン性造血があると血液腫瘍発症リスクが13倍となる。
Heyde A, et al. Cell. 2021 Mar 4;184(5):1348-1361.e22.
Zhang CRC, et al. Exp Hematol. 2019 Dec;80:36-41.e3. -
クローン性造血があると造血器腫瘍になりやすいだけではなく…
動脈硬化↑(マウス)
冠動脈疾患↑(HR, 2.0; 95% CI, 1.2 to 3.4)
脳梗塞↑ (HR, 2.6; 95% CI, 1.4 to 4.8)
全ての原因による死亡率↑(HR 1.4; 95% CI, 1.1 to 1.8)
Jaiswal S, et al. N Engl J Med. 2017;377(2):111-121.
Jaiswal S, et al. N Engl J Med. 2014 Dec 25;371(26):2488-98.
Heyde A, et al. Cell. 2021 Feb 17:S0092-8674(21)00092-1
- クローン性造血に関与する遺伝子変異はわかっている。
- DNA methyltransferase 3 alpha (DNMT3A)とten-eleven translocation 2 (TET2)の変異は、加齢に伴うクローン性造血を呈する固体においてしばしばみられる。
- このような変異が起きると、HSCは競争力を獲得し、ニッチ内でのクローン増殖につながると考えられている。
- しかしここで疑問が…
最も頻度の高いDNMT3A変異は50歳までに多くの人が獲得
しかし実際にクローン性造血がみられるのは数十年先…DNMT3変異があるだけではクローン性造血は起きない? - クローン性造血は喫煙と関連しているとの報告あり。
→環境要因がクローン性造血発生に関与? - 高頻度に見られるTet2変異は炎症のドライバーでもある。
- TNFαやIL-6などの炎症刺激はTet2変異クローン拡大を促進するとの報告あり。
→炎症がクローン性造血発生に関与? - 最も高頻度のDNMT3Aに関連した環境因子は明らかになっていない。
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DNMT3A変異+炎症(環境要因)でクローン性造血が起きるのではないか?
→今回の文献でこれを調査。
Results
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Dnmt3a-/- or WTのWBM+competitorをWTマウスに移植→その後にM.aviumを感染させる。Dnmt3a KOドナーHSCの方が増殖率が高い。
- Dnmt3a+/-でも同様の結果。
- MPPが多くそれより下流の血球(Tリンパ球、Bリンパ球、単球など)は少ない→MPPで分化が止まっている?
- 二次移植でも再構築能が維持される。
- Dnmt3a-/-&M.avium感染によってアポトーシスが減少、自己複製が亢進し、HSCの枯渇にも強いことが分かった。
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数理モデル解析の結果でも、感染下においてはDnmt3a -/- HSCのマイナー集団がWT HSCのメジャー集団を追い抜くと予測。
- 分化能を調べると、Dnmt3a-/-&M.avium感染により自己複製能↑かつ分化能↓となっていた。
- 炎症性サイトカインプロファイリングを通しIFNγ経路の関与を疑った。
→Dnmt3a -/-, Ifngr1 -/-ダブルKOマウスHSCをWTマウスに移植しM.aviumを感染させると?
→Dnmt3a-/-のときに観察されるようなHSC増加は見られず(Ifngr1 -/-によってDnmt3a -/-の効果が打ち消されてしまう)…ダブルKOだとWTと変わらず。
→IFNγシグナル伝達経路が感染時Dnmt3a-/-HSC↑には不可欠
- 他の炎症シグナルではだめでIFNγでくてはならない。
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M.Aviumの代わりにリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス(LCMV)を感染させる実験も実施。IFNαの短期スパイク(2日間)誘発し→その後7-10日間でIFNγのレベルが低下(Matatall et al., 2014)
→Dnmt3a -/- HSCの統計的に有意な増殖は見られず
→すべてのタイプの感染がクローン性増殖につながるわけではない
- 遺伝子プロファイリングの結果、Fos, Jun, Batf2などの分化促進に関与する転写因子は感染下においてWTでは↑ Dnmt3a-/-では↓
- Dnmt3aはメチル化酵素であり、各遺伝子のメチル化を調査。
→Batf2, Jun, Fosなど分化促進遺伝子はすべてDnmt3a-/-細胞で高度にメチル化
→つまり感染が起きると…WT:メチル化↓→分化促進遺伝子On Dnmt3a-/-:メチル化↑→分化促進遺伝子Off
Discussion
- クローン性造血を引き起こすDnmt3aに関連した環境因子の存在が今回
初めて証明された。 -
なぜメチル化酵素であるはずのDnmt3aの欠損によって(特定DNAの)メチル化が亢進するのか?
…Dnmt3a欠損下でのメチル化亢進は直感的には矛盾しているように見えるが
過去に報告されている代替メチルトランスフェラーゼによる代償効果に関与している可能性がある。(Jeong et al., 2018) - Tet2欠損HSCのクローン性増殖にも炎症シグナル伝達活性化が必要との研究あり
→やはり遺伝子要因と環境要因がクローン性造血発展には必要そう - 炎症状態をコントロールすることで悪性腫瘍のリスクを変えられるかも?
あらためて今回の論文で述べられているメカニズムを確認
1.Dnmt3a変異が起きる(これだけでは大幅な増殖は起きない)
2.感染がおこる
3.WT HSC:分化促進→分化し骨髄外へ→骨髄中のWT HSC↓
Dnmt3a-/-:分化促進因子メチル化↑→分化↓&自己複製↑
4.Dnmt3a HSCが優位に増殖