こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

細菌による腫瘍内への治療薬運搬:全身性抗腫瘍免疫応答【文献紹介】

 再び文献紹介です。今回は、これまでに比べると短めにまとめました。

細菌に手を加え、治療薬を腫瘍内に運び込むという新しい免疫療法の可能性について述べられています。個人的にはアブスコパル効果というものがおもしろかったです。

 

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Programmable bacteria induce durable tumor regression and systemic antitumor immunity

Sreyan Chowdhury et al. 
Nature Medicine volume 25, pages1057–1063 (2019)

 

【要約】

Synthetic biologyの中の1つの手法として、in vivoにおいて細菌を利用して特定のペイロード(≒分泌物)を目的の場所に運搬し放出するというシステムが注目を浴びている。今回我々は、非病原性大腸菌に手を加え、腫瘍微小環境内で特異的に溶解し、encoded nanobody antagonist of CD47 (CD47nb:いくつかのヒトの癌で一般的に過剰発現が見られる、貪食細胞を拮抗する受容体)を放出するシステムを開発した。大腸菌によるCD47nb運搬は腫瘍浸潤T細胞の活性化促進、腫瘍退縮、転移抑制、生存期間延長につながることが分かった。さらには、全身性腫瘍抗原特異的免疫応答を惹起することにより、直接治療が及ばない遠隔部分の腫瘍の成長も抑制するアブスコパル効果も確認することができた。Engineered bacteriaは安全なペイロードを送達することにより全身性に免疫を刺激し、抗腫瘍効果を得られる可能性がある。

 

【背景】※本文献の引用でないブログ執筆者補足も一部あり※

・腫瘍細胞でしばしば発現が見られるCD47はマクロファージの食作用を抑制する"don't eat me"というシグナルを出している。

・CD47とSIRPα(マクロファージの細胞膜上に存在するタンパク質)の結合によりマクロファージの食作用が抑えられる。

・しかしCD47は赤血球う血小板など一部の正常細胞にも発現しており、CD47の阻害は正常細胞も障害されてしまう可能性がある。

・クオラムセンシングとは…細菌の密度依存性制御機構のこと。Auto inducerという物質を介して、細菌同士でコミュニケーションを持ち集団として生育するシステムのこと。つまり、周囲に仲間の菌が多ければ活性化し、少なければ活性が落ちるなどといった現象。

・アブスコパル効果とは…例えばある腫瘍に放射線を当てると、その腫瘍のみならず、照射を行っていない腫瘍も縮小するという、直接的に治療を行っていない病変の縮小・改善が見られる効果のこと。

・20年ほどのSynthetic biologyの研究の中で、細菌をプログラミングし、治療に必要な物質を全身に運搬する方法が提唱され、今回はCD47を用いその有効性を検証する。

・改変した大腸菌を用い、CD47 nanobody=nbを局所的に送達することを試みた。

  

参考:

CD47 blockade as another immune checkpoint therapy for cancer | Nature Medicine

 

 

【結果・考察】

・まず、大腸菌濃度が増すとauto inducerが刺激となって細菌がアポトーシスし、内部のCD47nbが放出される、というシステムを備えた大腸菌を設計する。

・CD47を発現したA20(B cell lymphoma)とCD47nb放出大腸菌を一緒にインキュベート→マクロファージによる貪食作用の増加を確認。

・A20(B cell lymphoma)を持つマウスにCD47nb放出大腸菌を注射(腫瘍部分に局注)→controleで腫瘍量の経時的増加が見られるのに対し、CD47nb放出大腸菌局注群では腫瘍の増殖ほぼなし。またcontrole群で見られた転移も見られず、生存期間も有意に延長。

・CD47nb放出大腸菌と抗CD47抗体miap301を共に注射する、CD47nb放出大腸菌とCD47nbのlysateを局注するなどの実験を行ったが、CD47nb放出大腸菌(生きた菌体)を局注するのが最も効果的であった。

・腫瘍局注でなく静注でも同様の効果、また乳がん細胞4T1でも同様の効果が得られた。

・注射によってSIRPαの活性が有意に低下し、貪食作用が活性化することが分かった。

・注射によってCD8T細胞やINFγが増加→抗腫瘍T細胞や全身性抗A20メモリーT細胞応答も活性化される可能性あり。

 ・癌を完全に抑え込むには(再発させないためにには)遠隔転移も防ぐことが重要=全身性抗腫瘍免疫が必要。→次の実験を施行。

・2か所腫瘍を要するマウスの片方の腫瘍だけにCD47nb放出大腸菌を注射→治療した側もしていない側もcontroleと比較して有意な腫瘍縮小を確認。

大腸菌数を治療した腫瘍、していない腫瘍、肝臓、脾臓などでチェック→治療した腫瘍でのみ大腸菌は確認できた。→大腸菌が治療していない側に移動しているわけではなく、アブスコパル効果によるもの(CD47nb放出大腸菌注射により全身性の抗腫瘍免疫が活性化されたことによって治療していない腫瘍が縮小する)。

 

【結論】

・CD47nb放出大腸菌注射による局所治療は、抗CD47モノクローナル抗体による治療後には観察されない全身性抗腫瘍免疫応答を誘導する。

・細菌を操作し、ナノボディおよび/またはサイトカインを発現させ、それを細菌を用いて腫瘍内に運搬することによる新たな免疫療法の可能性が開かれた。