こりんの基礎医学研究日記

都内の医大を2014年に卒業。現在は大学院で基礎研究中。日々の研究の中で疑問に思ったことや勉強したことなどを主に自分のための備忘録として書いていきいます。ときどき臨床の話や趣味の話も。必ずしも学術論文等が元となっていない内容もありますので、情報の二次利用の際はご注意ください。

【文献紹介】潰瘍性大腸炎患者ではクローン造血発生率が上昇

読んでみた文献のメモ。

 

Zhang CRC, Nix D, Gregory M, Ciorba MA, et al.

Inflammatory cytokines promote clonal hematopoiesis with specific mutations in ulcerative colitis patients.

Exp Hematol. 2019 Dec;80:36-41.e3. 

  • 血液悪性腫瘍に見られる遺伝子変異は臨床症状が現れる数十年前、無症状の状態ですでに検出できる。→この前がん状態はクローン造血(CHIP)と言われている。
  • 変異クローンが高齢者の血液中で多く見られる。(65歳以上の人々で10%程度)→しかしその全貌(どのように骨髄悪性腫瘍に進行していくか)は明らかではない。
  • 遺伝的要因に加えてCHIPを持つ人が悪性腫瘍を発症するには環境要因が関与している可能性がある。
  • 加齢とともに増加する環境ストレスの1つは炎症
  • 慢性炎症は正常な造血幹細胞HSC機能に害を与えることが分かっている。
  • いくつかの動物実験で、CHIP突然変異を有するHSCは慢性炎症による有害な影響に耐性があることが示唆されている。
    慢性的に炎症が起きているストレス環境下でも生きられる?
  • 炎症性サイトカインレベル上昇が特徴の自己免疫疾患、潰瘍性大腸炎においてDNMT3AおよびPPM1D変異を持つクローンのポジティブセレクションが促進される、つまりCHIPが促進されることが分かった

  • 研究では潰瘍性大腸炎UC患者187人をシーケンスした。
  • 40個のCHIP関連遺伝子配列を決定。UC患者ではDNMT3A +およびPPM1D + CHIPの頻度が高かった。
  • 一方でTET2+ CHIPの頻度は高くなく、による慢性炎症環境はTET2変異HSCのクローン増殖を誘発しない可能性がある。
  • UC患者においてもCHIP発生率は年齢と相関。
  • UCの病態に特に関与しているとされるTNFαとIFNγの値も調査した。CH+ DNMT3A+患者では血中INFγ値が有意に高かった。(TNFαは有意差なし)
    IFNγ増加がDNMT3A変異を持つクローンを選択する可能性があることを示唆

失神で受診するPE

今回は臨床関連記事。調べたことのメモです。

 

失神にて入院した患者の17.3%でPEあり。

PE以外の失神説明原因を有していた患者に限定しも12.7%でPEあり。

 ★PE患者に有意に多かった症状

 ・呼吸数 > 20/min
 ・脈拍>100/min
 ・収縮期圧<110mmHg
 ・DVT

 上記の中でも呼吸数はオッズ比

 ★背景リスク因子:悪性腫瘍

Prandoni P, et al. Prevalence of Pulmonary Embolism among Patients Hospitalized for Syncope. N Engl J Med. 2016 Oct 20;375(16):1524-1531.

 

失神で救急外来を受診する患者のPE有病率は1%未満。

失神のために救急外来を受診した患者1,671,944人を対象とした。PE有病率は最も少ない米国HCUPで0.06%(95%信頼区間0.05-0.06%)、最も多いカナダの0.55%(0.50-0.61%)であった。入院を要した患者でも3%未満。

Costantino G, et al. Prevalence of Pulmonary Embolism in Patients With Syncope. JAMA Intern Med. 2018;178(3):356–362.

 

肺塞栓はしばしば見逃される。

救急外来を受診したPE患者のうち1/3で診断の遅れが生じている。

Torres-Macho J, et al. Clinical features of patients inappropriately undiagnosed of pulmonary embolism. Am J Emerg Med. 2013 Dec;31(12):1646-50.

 

救急外来でPEと診断された患者のうち、18.3%で診断の遅れがあり、65歳以上の高齢者や冠動脈疾患・うっ血性心不全を有する患者ではCT撮像までの時間が有意に長くなる傾向にあった。

Smith SB, Geske JB, Morgenthaler TI. Risk factors associated with delayed diagnosis of acute pulmonary embolism. J Emerg Med. 2012 Jan;42(1):1-6. 

 

救急外来でPEと診断された患者のうち、12%で診断の遅れがあり、altered mental statusを有している割合が高かった。(心疾患既往は変わらず。)

診断が遅れた患者(ヘパリン投与までの時間が長かった患者)は有意に在院中の有害事象が高かった。

Kline JA, et al. Prospective study of the clinical features and outcomes of emergency department patients with delayed diagnosis of pulmonary embolism. Acad Emerg Med. 2007 Jul;14(7):592-8.

 

女性、胸痛、咳嗽は診断遅延の独立した危険因子である。

Aydogdu M, et al. Delay in diagnosis of pulmonary thromboembolism in emergency department: is it still a problem? Clin Appl Thromb Hemost. 2013 Jul-Aug;19(4):402-9.

ちなみにこちら↑の論文ではdelay in diagnosisは53例中49例(93%)に見られ、遅延期間は6.8 ± 7.7 daysだったと報告しております。これはなかなかすごい数字ですね…笑

 

【文献紹介】加齢ショウジョウバエの精子産生減少のメカニズム~生殖細胞系列幹細胞の分裂減少~

Cheng, J., Türkel, N., Hemati, N. et al. 

Centrosome misorientation reduces stem cell division during ageing. 

Nature 456, 599–604 (2008).

 

  • 体幹細胞の機能低下は組織の老化に寄与すると考えられるが、根本的メカニズムは不明のまま。
  • 筆者らはキイロショウジョウバエ生殖細胞系列幹細胞(GSC)に注目し、老化によっておこる変化を調査した。
  • キイロショウジョウバエのオスのGSCは、常に非対称分裂を起こす
    これは、以下のように中心体(中心体の核が中心小体)が細胞の両極に移動し、紡錘体を形成し、染色体を引っ張ることによっておこる。

細胞分裂1

出典: 受験のミカタ「体細胞分裂とは?」

  • しかし筆者らの調査の結果、上記のように中心体が両極に配置されない(誤った配置)の GSCが齢にともない増加することを突き止めた。
  • この誤った配置のGSCは分裂頻度が低い
  • 加齢とともに誤った中心体配置のGSCが増加→分裂が減少→精子産生減少
    につながっていると考えられる。
  • 筆者らの研究によるとこの誤った中心体配置のGSCの少なくとも一部は精原細胞の脱分化によって生じている。
  • 過去の研究では、GSC数は、計算されたGSC半減期から予想されるほど急速には減少せず、GSCの喪失を補償するメカニズムが存在することが示唆されている→脱分化が幹細胞を補う1つの方法なのかも?

【文献紹介】EGFRシグナル伝達経路阻害でG-CSFによるHSC末梢血動員が増加

造血幹細胞HSC関連の論文の紹介。

 

Ryan, M., Nattamai, K., Xing, E. et al. 

Pharmacological inhibition of EGFR signaling enhances G-CSF–induced hematopoietic stem cell mobilization. 

Nat Med 16, 1141–1146 (2010). https://doi.org/10.1038/nm.2217

 

  • 造血幹細胞移植のために、サイトカイン顆粒球コロニー刺激因子(GCS-F)を患者やドナーに投与し、骨髄中にしかいない造血幹細胞を末梢血に動員し、末梢血採血にてそれを得るという方法が現在広く行われている。
  • しかしドナーの10%で十分量の幹細胞を動員できないなど、十分に効率的な方法とは言えない。→より優れた方法の開発が期待される。
  • EGFRは細胞接着と遊走の両方で重要な役割を果たしていることが知られており、これのHSC動員への関与を筆者らは調査。
  • 造血前駆細胞(HSPC)中のEGFRの量は、G-CSFによって動員される細胞の能力と逆相関→EGFRシグナル伝達はG-CSFの作用を抑制する方向に作用しているのではないか?と筆者らは考えた。
  • EGFR阻害剤エルロチニブを投与すると、G-CSFによるHSC動員が増加した。
  • エルロチニブはすでに臨床において使用されている薬剤であり(新しい薬剤ではない)、すぐに臨床応用できるのでは?とNatureハイライト記者はコメント。

COVID-19に関する最新論文あれこれ

南江堂から送られてくるメールマガジンに掲載されていたCOVID-19関連記事のなかで目に付いたものをpick upしていきます。

 

  

COVID-19流行で子供の幸福度の減少を保護者らが感じている

Caregiver Perceptions of Children’s Psychological Well-being During the COVID-19 Pandemic
Tali Raviv, et al.
JAMA Netw Open. 2021;4(4):e2111103. 

  • 公立学校の生徒32,217人の保護者を対象として調査。
  • 幼稚園から高3までの子を持つ保護者に匿名でメールを使って調査。
  • 保護者がCOVID-19による学校閉鎖前後の子供の心理的健康状態の変化を評価。
  • 怒りや不安などネガティブ感情を子供が抱えていると答える割合が学校閉鎖によって有意に増加し、ポジティブな感情を抱いていると答える割合が有意に減少。
  • 非ラテン系家族の方が黒人やラテン系家族より懸念を訴える割合が有意に高い。
  • 収入が高い家庭の方が懸念を訴える割合が有意に高い。

私見

上記結果は当たり前といえば当たり前なのですが、収入が高い家庭の方が懸念の訴えが多いのは若干意外でした。なんとなく逆のような気がしますよね。人種による違いも少し面白いと思いました。ラテン系の人の方が楽観的なのでしょうか??単一民族の日本人にはあまりイメージできませんが、(どこまで事実かわかりませんが)聞く話によると黒人の方は受けらる医療も限定されたりするみたいですし、そういった意味での不安も大きそうな気がしますがそうではないみたいです。

 

個人的には子供自身ではなく保護者が子供精神状態を評価しているところにちょっとバイアスが生じそうな気がしました。子供の精神状態を親が正しく評価できているかというと必ずしもそうでないように思います。どちらかというと子供を心配する気持ちから過大評価傾向になってしまう(実際より子供の心理状況を重めに評価してしまう)のでは…と感じました。

 

本文中では都市部の家庭のみを対象としていることなどがLimitationとして挙げられていました。

 

 

重症COVID-19治療にはデキサメタゾンよりメチルプレドニゾロン

 Is Methylprednisolone Better than Dexamethasone for Severe COVID-19?
Daniel D. et al.

BMC Infect Dis 2021 Apr 10

私見

私が勤めている病院のコロナ病棟はデキサメタゾンを使用しています。(たぶん世界的に現在はそれがスタンダードです。)

調べてみるとこの発端はイギリス国営医療システムが6000例以上という圧倒的症例数を確保し実施した研究でデキサメタゾン6mgの有効性を証明し、ステロイドを使用しないが倫理的に許されない状況となってしまい、他の臨床試験が軒並み中止されてしまい、他のステロイドとの比較検討が不十分な状態になってしまったらしいです。

 

以下の日経メディカル記事にそのようなことが書かれていました。

medical.nikkeibp.co.jp

 

今回の論文の結果を見ると症例数は少ないもののかなり期待できそうな気がします。もっと検討が進むといいです。

 

また日経メディカルの記事で初めて知りましたが、他の病院はけっこうステロイドパルスをやっているようで少し驚きました。というのも自分の病院ではパルスまではやったことがなかったからです。個人的にはパルスはあまり致死的な副作用がないように認識している(短期的副作用は高血糖やせん妄くらいでしょうか?血栓形成や潰瘍形成は自分は経験ありません。もちろんステロイド投与が長期化していけば他の副作用もたくさん出てきますが)ので、どこかのタイミングでトライしてみたいです。

【文献紹介】神経血液マーカーは高齢マウスでの死亡率に関与

新しく創刊された雑誌であるNature agingに掲載されている記事を軽く読んでみました。

 

 

A neuronal blood marker is associated with mortality in old age

 

 

Neurofilament light chain (NfL)ニューロフィラメント軽鎖は、様々な神経疾患発症の血液マーカーとして知られている。NfL神経細胞の構造タンパク質であり、血中濃度上昇は神経細胞のダメージを反映しているとされている。筆者らは血漿NfLレベルが加齢に伴って上昇し、神経経路に関与する他の血漿タンパク質の変化も伴うことを発見した。100歳以上の高齢者では、認知機能や身体活動スケール以上に高NfL決勝は死亡率上昇に関与しており、これは非高齢者群でも確認できた。寿命を延ばす一般的方法の1つである食事制限によって血中NfL値上昇が抑えられることも発見した。これらの発見は神経系機能の低下が晩年死亡率に寄与している可能性を示唆している。

【文献紹介】タンパク質合成増加に伴うプロテオーム品質低下は造血幹細胞機能低下につながる

Cell reports誌に掲載されている造血幹細胞関連の文献で引用数が多いものをPic upしてみます。簡単に、、

 

まずこの文献に出てくるプロテオームとは、、、

プロテオーム (Proteome) とは、ある生物学的な系において存在しているタンパク質の総体である。生物学的な系とは組織生物種、細胞の状態などを指す。複数の生物学的な系の間でプロテオームを比較することにより、生命現象を総合的に理解することが可能となる。例えばがん細胞と正常細胞のプロテオームを比較することにより、がん化の原因や治療方法を研究することに用いられる。プロテオームを扱う解析をプロテオミクスと言う。

出典:Wikipedia

 

また、造血幹細胞だけでなく複数の成体組織にある体性幹細胞は、タンパク質合成率が分化した細胞と比較して低いとされている。低タンパク質合成が幹細胞性維持に関与しているとも考えられている。

 

【参考論文】

Blanco, S., Bandiera, R., Popis, M. et al. 

Stem cell function and stress response are controlled by protein synthesis. 

Nature 534, 335–340 (2016).

マウスの皮膚幹細胞と腫瘍開始細胞が、それらの下流細胞、つまりより分化が進んだ細胞と比較して、合成するタンパク質が少ないと報告している。

タンパク質合成が少ない=翻訳が少ない→エラーが少なくなる→幹細胞性維持に関与

しているのではないかと考えられる。

 

で、次に今回の文献です。

 

Hidalgo San Jose L, Sunshine MJ, Dillingham CH, Chua BA, Kruta M, Hong Y, Hatters DM, Signer RAJ.

Modest Declines in Proteome Quality Impair Hematopoietic Stem Cell Self-Renewal.

Cell Rep. 2020 Jan 7;30(1):69-80.e6.

 

皮膚幹細胞の文献でも触れた通り、翻訳は遺伝子発現において最もエラーが生じやすいステップであり、タンパク質合成を抑え、翻訳をおさえることで翻訳エラーが減少し、これによりミスフォールドタンパク質の発生が減り、これらによってプロテオームの質が高まりHSCの幹細胞性の維持につながっているのではないかと本論文の筆者らは考えました。

 

そして実験の結果、タンパク質合成の増加がタンパク質の品質低下に寄与し(ミスフォールディングタンパク質が増加してしまうため)、これによってHSCの自己複製能が損なわれるなどHSC機能低下に関与していることが分かりました。またHSCのc-Mycの蓄積にも関与していることが分かり、このc-Myc蓄積もまたHSCの機能低下に関与してる可能性が示唆された。